時間が出来たので2回目の鑑賞。売店もさほど混んでいなかったのでパンフレットも無事に購入できました。

ペーネロペーの代替機はアリュゼウスという名前で、量産型νガンダムをコアにしてミノフスキークラフトの機動に慣れるための練習機の位置づけなのですね。『0083』でのGP-03をコアにしたデンドロビウムと同じような設定だなと感じましたが、この辺りは原作とは異なり劇場版オリジナルの要素です。
2回目の視聴では人間模様により注目して鑑賞しました。
ハサウェイには、『逆襲のシャア』でシャアに心惹かれたクェスを救えず、そのクェスを撃墜したチェーンを殺してしまった悔恨の情で自らを苛んでいた時期がありましたが、植物監視官となるべく地球に下りて半ば療養していた時期にケリア・デースと出会います。ケリアはハサウェイの回復に寄り添いながら、反連邦活動に身を投じる彼に引っ張られるようにマフティーの組織に入るものの、徐々に「マフティー」そのものを演じる(自らの素性を明かす明かさないの違いはあるものの、反連邦活動を行う組織のアイコンとなる辺りがハサウェイとシャア・アズナブルが重なります)ようになるハサウェイと距離を措くきます。最終的にはギギの登場もあって袂を分かつことになりました。雨中にケリアの姿を追ったハサウェイの姿は、自らの回復を献身的に寄り添ってくれたケリアへの感謝とそれを言葉で伝えきれなかった後悔と、それでもギギに心惹かれる情欲に身を焼く青年の危うさがにじみ出ていました。ケリアの下りは原作小説だとあまり筆を割かれていないのですが、ここを丁寧に描写した劇場版には心打たれました。
ギギは、世界的な保険会社の創業者であり超富裕層のカーディアス・バウンデンウッデン伯爵のプロの愛人という役割があり、そのような振る舞いをする演技能力と同時に、物事を切り盛りして見せる執務能力も持っている点が、香港のマンションの内装を整え直す一幕で描き出されていました。一方で、老人の死に水を取るだけの役割に飽き足らず、ハサウェイやケネスのように文字通り生命を賭して闘っている男性の傍で生の実感を味わいたい(「もう少しだけ生きていたいの」)という想いで戦いの最前線に再び身を置きます。「ファザコン」なので年上のケネスにも居心地の良さを感じながら、直感的に惹かれるハサウェイの下へ向かう姿には情熱的な躍動感がありました。クスィーガンダムでのキスシーンは原作にはないシーンであり、ハサウェイとギギの情念が燃え上がるカットでした。それでも命綱のワイヤーを巻き取ってコックピットに戻る操作をするハサウェイの冷静さ、オフショルダーのワンピースというむき出しの身体で相対するギギに対してパイロットスーツ・ヘルメットで防衛しているハサウェイという温度差もあって、これが第3部にどう影を落とすのか、も楽しみになりました。どこか頭でっかちで情欲に溺れ切れない、「学があり過ぎる」ハサウェイ像が、文学青年的であると評される部分でしょう。