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幸福探求における一つの議論

幸せに生きるために何ができるか色んな本を読んで考えたことを伝えたいと思います。ぜひあなたの考えも教えてください。

こんばんはdigidonです。北朝鮮の式典でのロケット発射のニュースが非常に大きなニュースとなっていますが、国連が国際的な平和のために設立されてもう70年以上がたつというのに、世界はいつまで世界大戦のツケを払い続けなければならないのでしょうか?

 

この辺の話を難しくしているのは、ツケを払うことが国益の損害と直結してしまう場合が多かったり、本来解決のための手段であるはずの政治が国内人気のために謝罪をいつまでも不十分と言い続ける場合もあることに原因があるのではないかと思います。ここまでくると一体、被害者も加害者も戦争の後遺症から本気で脱却する気あるのか?と疑いたくもあります。それでも問題は問題としてあるわけで、いまだに領土問題で紛争があったり、東西冷戦の置き土産を処理しきれていない例がたくさんあるわけです。

 

今日は少し正義について考えてみたいのです。正義論といえば、マイケル・サンデルが有名なのでしょうが、私が参考にした本は

井上達夫著

『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』です。

 

私は理系なので、こういう政治哲学の話ましてやリベラルの本は初めて読みました。というのも、多くの人が学生時代にわかりやすいアイデンティティの確立の一つとして、保守だのリベラルだのに傾倒していく中で私は保守に向かった経緯があるからです。日本に軍隊と徴兵制をなんて恥ずかしげもなく、友人と酒を飲みながら議論をしていたものです。ちなみに今のスタンスは「保守とか革新とかそんなイデオロギーに振り回されるなんて阿保らしい、もっと現実的に実現可能な手段を考えたい。そこにイデオロギーなんて必要ない」というものになりました。人間変われば変わるものなのだと思います。

 

さてさて、そんなわけで本書ですが、著者の井上先生は学会での立場としてはリベラルとのことでしたが、本の中にはリベラルを標榜する反自民党しかできない団体には辟易としてしまう人が多いだろうがリベラルな考え方は必要なものだと述べられています。特に衝撃だったのは、「憲法9条廃止論」ですね、よく改憲だの護憲だのと言っていますが、井上先生は廃止論なんです。戦争放棄するかどうかなんて憲法に書くことでなくて時々の民意に従うべきだとのお考えのようです。私は改憲して軍隊持てばいいんじゃない?と漠然と思っていたので、「お、私の考えと似ているのかな?」なんて安直に考えたら直後の文章で改憲を声高に標榜する保守も改憲後の姿を明確にしていない点で護憲と同じと言われてしまいました。

 

確かに、日本が軍隊を持つとして、正直、今の少子高齢化で子供を育てるために子供基金を作ろうなんて議論している国でどうやって、最低限抑止力に足るだけの軍隊を持てるのだろうと考えます。

 

そんな本書ですが、井上先生の正義がまとまって紹介されるのは最後の方です。先生は正義とはグローバル・ジャスティスでなければいけないとおっしゃいます。つまり正義は常に国際的な正義の観点で考え、正義論の中の大きな議論の柱である「戦争」と「貧困」のうち、例えば貧困を考えるときには、国内で貧困をなくすために近隣の貧しい国の労働力や資源を奪ってしまっている場合それは正義ではなくトータルで見て不正義に当たると。これ、私は今まで考えたことがなかったのですが、ホロコーストで8万人死んだことは大問題なのに、なぜ貧困で1年に660万人の5歳未満の子供が死ぬことは貧しい国の自己責任なのだろう?とこれを解決するために先進国が自国の稼ぎの1/70の寄付すればよいのに、なぜそれすらやらず、イラク戦争には出かけていけるのだろう?と井上先生は問いかけます。

 

この問いを胸に世界を見てみるとどうでしょう?自国第一主義の政党ばかりが目立ち、それをポピュリズムと批判される異常。本来民主的手段で選ばれた政権を終わる前にポピュリズムと決めつけられるものではないのに、そんな批判を受けても「ええ、ポピュリズムですよ」と言わんばかりの厚顔さ。もっと違う正義があっていいのではないでしょうか?ポピュリズムは衆愚政治と訳される大衆が愚かでなければ政治をよりよい方向に動かせるのでしょうか?

http://www.unicef.or.jp/osirase/back2013/1309_02.html