「表題は意味を成さない」

「表題は意味を成さない」

大体デジモン02の大賢語り。
仕方ないよ、好きなんだからさ。

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冷たく晴れ渡った秋の空。
金木犀は昨日までの雨で殆ど花を落としてしまったようで、もう残り香程度。


開けた窓からベランダへと出てみる。
時折冷たい風を感じる。
ほんのこの前まで暑い夏だったのに、急ぎ足で冬に向かっている…そんなことを考えさせられるような、独特な風だった。


少し胸がちくりとした。
秋とは、そういうものだった。


「寒い」


後方からけだるい声がした。
振り返ると、声の主はやはり、ベッドから身体を起こしたばかりの彼。
吹き込む微風の冷たさに観念したらしい。


そんな格好だからだよ…


彼は上半身に衣服を纏っていなかった。
こちらの意図を眼で理解したらしく、口をへの字に曲げた彼は黙ってベッドの傍に落ちていたシャツやらズボンやらを拾い上げ、のんびりとそれらを纏い始めた。
その様子の途中までを見送って、僕はまた空を眺めることにした。


「なぁ」


思いの外、近いところから声を掛けられた。
ぎょっとして右に向くと、すぐ傍に彼が立っていた。肩が触れるほどの距離だった。


「空を眺めるのって、楽しいのか?」


何の含みも無い、彼らしい質問だった。
僕は少し困ったような顔に笑みを載せたそんな表情で、何も答えず、薄ら青い空にただ視線を放っていた。


「まぁ、賢が楽しいならいいんだけど」


彼の手が僕の左肩に回る。
刹那、右方向にぐいっと寄せられた。
もう驚くことは無くなったけれど、胸の奥から頭の先にかけてじわじわと沸き上がる何かは今も新鮮で、それがまた心地好かった。


「冷えてる」


寝起きの君があったかいだけだよ。


「賢」


なに?


「名前、呼んで?」


どうして?


「寂しい」


珍しいな、君がそんなこと言うなんて。


「なぁ…」


なんて情けない声出してるんだよ。


「このままなんて嫌だかんな…」


この、まま?











そうか、僕は

















****************




「ね」


「お?」


「もし僕が君と口がきけなくなったら、どうする?」


「んなこと絶対ねーだろ。俺達が喧嘩なんか…」


「違うよ、そうじゃなくて」


「ん?」


「いきなり声が出なくなったら…っていうか、そんな感じになったら。どうする?」


「んー…どうするだろうなぁ…多分、何としてでも喋らせるかな」


「そんな無茶言うなよ」


「だって…賢の声、いつでも聴きてぇし」


「…そっか」


「つーか何なんだよいきなり。そんな起こるワケない話なんかしてさ」


「ん?別に意味は無い」


「なんだそれ」


「気にしない、気にしない」




 


ほら、久しぶりに会ったじゃん?
…だからってワケじゃねぇんだけど



何て呼んでたっけ?






それは
前までなら自然で
特別な気も何も無くて
そう呼べば
なんだいと振り向いて


ただそれだけだったのに


年が明けてから
お互い色々と忙しかったのもあって
全然会えてなかったよな
学校が始まったら始まったで
平日は学校だろ?
土日は基本、サッカーの練習だし
考えてみたら全然無いもんなんだな
二人でゆっくり会える時間なんて


俺、毎日お前のこと考えてたんだぜ?
今あいつも授業中かーとか
学校帰りに寄り道したりすんのかなーとか
サッカー相変わらず上手いだろうなーとか


ずっと
特に年末は
あんなことの真っ只中だったから
意識なんてしてなかったけど


毎日会って
一緒にいることが
ああやって呼ぶことが
普通だったんだよなーって、よく思う


変だよな
俺、色々考えるんだよ
ホント、柄にも無く、ってやつ?

それでさ、
考えれば考えるほど
笑ってるお前の顔が頭に浮かぶんだ
…会いたいなって思うんだ


不思議なことに
会って何がしたいとか、
言いたいことがあるとか、
そんなのは全くねぇんだ


ただ、会いたい。それだけ。







だから、今日、会えてすごく嬉しいんだ


けど、いざ目の前にするとさ、
なんか頭ん中ぐちゃぐちゃでさ



名前、声にできないんだ



…訳分かんねぇ

…笑うなよ

お前が笑うと余計と焦るんだけど

黙ってても仕方ないのは分かってるって




ああ、もう










「…んなこと、言えねぇっての」




ほんとうは
昼過ぎにはかえる予定でした。
彼女が「今日、どうしても」、
というので、
彼女の満足のいくまで
買い物やお茶につきあっていたら、
田町につく頃には陽もくれて、
空が真っ暗になっていました。

僕はあわてて家にかえると、
母さんが夕飯の準備をしているのをかくにんし、
「少し出掛けてくる」といいました。
母さんはにっこり笑って
「いってらっしゃい」とだけいい、
料理を再開していました。
僕の部屋で昼寝から目覚めた
ミノモンすらおきざりのまま、
僕はパソコンのモニターの前に、
そっとD-3をかざしたのでした。




ついた先は設定どおりでした。
戦いがおわってしばらくの間も
微かな位相のみだれによって
転送先をたがえるといった
トラブルもよくおこっていましたが、
徐々に、しかし何年もかかって
ようやくあんていしてきたようです。
何年もたちますが、
まだまだデジタルワールドには
解明されない仕組みが
沢山のこされています。
光子郎さんはそう言っていました。


目の前には砂漠がひろがっています。
砂がきらきらしていて、
空からおちた星屑のようです。
むこうにはオアシスもみえます。
椰子らしき木も傍にはえています。


僕は空をみあげました。
現実世界と同じく、
空自体はまっくらです。
違うのは、
色々な大きさの星たちが
様々な色で淡くかがやいていることです。
ここには今誰もいないのに、
空の黒はかわらないのに、
不思議で幻想的な世界が
何故かとてもあたたかいのでした。


僕はその場に腰をおろしました。
膝をかかえ、人をまちました。
来ないかもしれない人を
今日はここで
まつことにしていました。
来なくても良いとおもっています。
あいたいともおもっています。
よくわからない気持ちでいっぱいです。
こんな気持ちははじめてでした。




しばらくたちました。
相変わらずこの砂漠には僕ひとりです。
腕時計は10時をあらわしていました。
眠気や退屈はかんじませんが、
頭がぼうっとしてきました。
どうしてまつのか。
あったら何というのか。
こないならどうするのか。
そんな疑問が頭の上で
かけまわるだけです。
段々とそれらは騒々しくなり、
僕は膝に頭をうずめました。



「こんなトコで寝ちゃあ風邪ひくぞ」



声がきこえた気がしました。
方向はわかりません。
僕はゆっくりと顔をあげました。
誰もいません。
右をみて、左もみましたが
誰もいません。



「久しぶりだな」



また声がしました。
まさか、とおもい
後ろをふりかえりました。


みしった背中があります。
「彼」は僕に背中を向けて座り、
向こうを見つめているようです。
こちらに向く気配はありません。
仕方がないので、
僕は元の向きにもどりました。

こんなひろいい砂漠の真ん中で
男二人が背中合わせですわっています。
端からみれば
不思議な光景に違いありません。



それからまたしばらくたちました。
その間、僕たちは
言葉一つすらかわすことなく
お互い遠くをみつめるのみでした。

僕は何もかんがえなかった
わけではありません。
何をいえばいいのか
言葉をさがしました。
結局、何もみつかりませんでした。
もう僕がいえることなど
何も無いとおもってしまったのです。
そうおもう理由もかんたんでした。


そこまでかんがえて
酷くかなしくなりました。
むねがつかえるような気持ちが
奥からつぎつぎにわきあがってきます。
くるしさにおえつがもれそうになるのを
必死でおさえました。



「泣くなよ」



彼は言いました。
彼がそう言った時にはすでに
僕のなみだがたくさん
シャツの袖口をぬらしていました。
僕はわからなくなっていました。
視界がゆがみ、
思考もとまって、
しだいに声もおさえきれずに
はしたなくなきつづけました。
















「…ごめんな」






砂の擦れる音と
彼の少し低い声がした。







「もう、俺たちは…さ、」







先を拒絶する心に駆り立てられ、
僕は直ぐさま立ち上がり、
振り返った。




大輔は数メートル先に立ち、
こちらを無表情で見つめていた。
彼の口がゆっくりと開く。
同時に僕は両耳を強く塞いだ。






「      」






声は聴こえなかった。
だが確かに唇は言った。
その言葉に僕はただ
かぶりを振り続けるしかできなかった。





大輔は柔らかい笑みをふと浮かべると、
彼の足元に転がるモニターの中へ消えた。







僕は砂の海に膝をつき

「さようなら」と

初めて彼に嘘をついた。





「え?まだアメリカにいるの?大輔くん」

『おう』

「出席で返事したんだよね?」

『ああ』

「…行かないつもり?」

『んー…そうじゃねぇよ。そっちにはデジタルワールド経由で戻るし』

「だからって、こっちはもうすぐ昼だよ?流石にもう来てなきゃまずいんじゃない?」

『だよなぁ』

「だよなぁって」

『何かさ、不思議な感じなんだよ』

「それは僕もだよ」

『多分タケルの不思議な感じと俺の不思議な感じは違うぜ』

「僕は単純に、僕たちの仲間の間で結婚なんて関係があるのが不思議だなぁって思うだけだからね」

『だろ?俺、そーは思わねぇもん』

「はいはい分かった分かった。そんなことは後で幾らでも聴いてあげるから、早く来なよ」

『けちー』

「いつまでも拗ねてないでさ、男なら腹括る」

『拗ねてねーしっ!』

「ほら、拗ねてる」

『だから拗ねて………る、かもな』

「一乗寺くんを京さんに取られちゃったもんねー」

『取った取られたって話じゃねぇよ。失礼だろ』

「京さんに?一乗寺くんに?」

『どっちも』

「まぁ…確かに。お互いが決めたことだしね。僕たちがとやかく言うことじゃ無いか。ね?大輔くん」

『そう…だよな』

「一応君は一乗寺くんを‘フッた’身なんだからさ、その責任って言ったら可笑しいけど、きちんと式に来て見届ける義務はあると思うよ」

『人聞きの悪い言い方だなー…そんなんじゃねぇよ。ちゃんと俺が立派になったら…迎えに行くつもりだったんだ』

「ふーん」

『なんだよ』

「やっぱりまだ踏ん切りつかないんだ」

『…そうでもねぇよ』

「ホントに?」

『そりゃあ…まだ賢のことは好きだ。一生、誰よりも好きだ。』

「うん、知ってる」

『けど、あいつが京と結婚して、家庭を築いて…それがあいつにとっての幸せになるんなら、それでいいじゃん頑張れよーって心からそう思うんだ』

「ほぉ」

『昔だったら…いや、招待状届いた時までは、ふざけんなって思ったし泣きたくなるような気持ちにもなったけどさ…何だろうな、今は全然違うんだよ。』

「だから不思議な感じって?」

『ああ』

「……大輔くん、大人になったねぇ」

『はい?』

「そういうことだよ」

『…そういうこと、か?』

「うん。分かったから早くおいでよ?そう思うんなら尚更、二人を間近で祝福してあげなきゃね」

『そう…だな』









 解ってるよ。
 そうは言っても複雑な気持ち。
 本当は自分の手で幸せにしてやりたかったんだってこと。
 それが出来なかったことに、とても後悔していること。
 自分と違う人の隣で彼が笑うのを見たくないってこと。


 きっと、彼も知ってるよ。




ふと目が覚めた。
腕への重みが無くなっていたのに気づいた。
あったかいのは残ってた。
薄ら目で俺はベッドから身体を起こした。



ベッドサイドの小さい照明に手をやる。
照明の下のデジタル時計は4時32分を指していた。
夜の闇は黒ではなく限りなく群青に近い黒。
夜明けが近いようだった。
冷たい風の流れを感じた。
有っても無いようなにおいに眉をひそめる。



窓が開いていた。
ベランダに人影が見える。
こちらからは後ろ姿で、顔は見えない。
見えないけど、影は泣いてる気がした。
声は無い。
肩が震えるでもない。
漂う初秋の朝風に時折さらりと髪が揺れるだけだ。
それでも俺は、あいつが泣いているんだと思った。


ベッドから立ち、ベランダへと歩く。
床に落ちたシャツを拾い、肩で羽織る。



彼は振り向くことはなかった。
気付いていないわけでもないようだった。
振り向こうとしなかっただけか。



おはよう、早いな、なんて
差し障りの無い言葉を、とも考えた。



けれど、漏れたのは



ごめん、の一言、だけだった。



右手を伸ばし、彼の左肩に触れた。
彼は思わず肩を竦める。
俺は半ば強引に右手を引いた。



涙で滲み、焦点の合わない瞳。
瞼が腫れ上がり、白目は赤い。
頬には筋状に涙の跡が残っていた。
何かを言いかけた唇は水分の大半を持っていかれていたように渇いていた。



賢の顔は綺麗だった。



右手を賢の背中へ回す。
開かれた唇が軽く息を吸ったかと思うと、シャツの襟を両手で寄せ、俺の胸に顔を埋めた。
かぶりを何度も横に振り、ただ声は上げることなく。
賢は泣いていた。





たった一度だけ、

ごめんなさい、と、

消え入る声で囁いたのが聞こえた。





俺は、片腕で力無く抱き留めることしか出来ずにいた。