行政書士試験に限らず、
司法書士試験、社会保険労務士試験というのは、
人生一発逆転を叶える国家試験であり、
合格とは夢の生活への入場チケットであると考えている、
おめでたい受験生をしばしば見受けます。
もちろん、それが勉強へのエネルギーとして良い意味で作用しているのならばよいのでしょうけど、
合格し、開業した後に、彼らは受験期間中に思い描いていた世界と現実とのギャップに絶望することになります。
サラリーマン生活に嫌気が差し、脱サラを目指す人、
勤めていた会社をリストラされ、士業者として第二の人生を目指す人、
職にあぶれ、藁をもすがる思いで国家試験を受験する人。
人生一発逆転のために受験勉強を開始することは結構ですが、
試験に受かっただけでは、一発逆転は不可能です。
受かった後、一発逆転ができなかったことに気づき、
それを自分が取得した資格のせいにして、
「この資格が悪いに違いない」と、
さらなる他資格へ挑戦し続ける人もいるようです。
彼らは、「資格」が市場において必要とされていないと思っているようですが、
本当は、「自分自身」が市場において必要とされてないことに気づかねばなりません。
需要がないのは、「資格」ではなく、「自分自身」なのです。
彼らの行き着く先は、夢の一発逆転チケットを求めて彷徨う資格試験マニアくらいしかありません。
ところで、人はなぜ、人生一発逆転のために、国家資格を選ぶのでしょうか?
そこには、特権意識があるのではないか、と私は思うのです。
国家資格合格者に、業務独占権という特権を与え、特権の下に商売ができる、
国家に保護された商売だからこそ、経営は容易に違いない。
そう思っている受験生は、少なからずいるのではないでしょうか。
或いは、国家試験が難関であればあるほど、その特権の価値は高い、とも。
士業者業界において、そういう面が少なからず存在することは否定できません。
行政書士法が議員立法であることもその裏付けですし、
多くの行政書士が政治連盟に対して支出していることは、
会員の既得権益保護の要請に基づくものであることは、
どんなきれい事を並べても、誰の目にも明らかでしょう。
このことは、少し難しいかもしれませんので、いずれまた書いてみようと思います。
行政書士試験の合格を、自分への特権付与手続きだと思っている人がいれば、
少し考えて欲しいことがあります。
私は行政書士業務を通じて、いろんな経営者、中小企業の社長とお話をします。
その中には、小学校で習う漢字もまともに読めない社長もいます。
ある社長は会社設立3年、まだ30代で年商2億、従業員20名を抱えています。
単純比較は難しいですが、行政書士業3年で年商2億に到達することはほぼ不可能ですし、
補助者を20名抱えた事務所なんて、大都市にはありますが、
地方都市ではまずそうそう存在しません。
彼は、国家資格も持たず、中学生程度の教養もないにもかかわらず、
商売に関しては才覚を発揮しています。
この社長が特殊な例というわけではなく、私の顧客名簿の中には、
そんな人が結構います。
独占業務という特権が与えられなくても、売上を立て、利益を上げている一般企業がある反面、
行政書士は特権付与を受けているにもかかわらず、産業として成立していない事務所が多い。
人生一発逆転を狙うのは結構ですが、国家試験を特権付与試験と認識しても、
特権があるけど仕事がない行政書士になるのがオチです。
行政書士法に基づく独占業務については、
沿革がどうであれ、現状の活動がどうであれ、
積極目的規制ではない、と割り切って商売をしないかぎり、
市場では相手にされません。
自らを特権階級と思い込んでいる人間には、
需要がないのが当然の摂理なのかな、と私は思っています。
繰り返しになりますが、少なくとも行政書士の場合、
自分に需要がない(仕事がない)理由を、行政書士資格のせいにしないように!
司法書士試験、社会保険労務士試験というのは、
人生一発逆転を叶える国家試験であり、
合格とは夢の生活への入場チケットであると考えている、
おめでたい受験生をしばしば見受けます。
もちろん、それが勉強へのエネルギーとして良い意味で作用しているのならばよいのでしょうけど、
合格し、開業した後に、彼らは受験期間中に思い描いていた世界と現実とのギャップに絶望することになります。
サラリーマン生活に嫌気が差し、脱サラを目指す人、
勤めていた会社をリストラされ、士業者として第二の人生を目指す人、
職にあぶれ、藁をもすがる思いで国家試験を受験する人。
人生一発逆転のために受験勉強を開始することは結構ですが、
試験に受かっただけでは、一発逆転は不可能です。
受かった後、一発逆転ができなかったことに気づき、
それを自分が取得した資格のせいにして、
「この資格が悪いに違いない」と、
さらなる他資格へ挑戦し続ける人もいるようです。
彼らは、「資格」が市場において必要とされていないと思っているようですが、
本当は、「自分自身」が市場において必要とされてないことに気づかねばなりません。
需要がないのは、「資格」ではなく、「自分自身」なのです。
彼らの行き着く先は、夢の一発逆転チケットを求めて彷徨う資格試験マニアくらいしかありません。
ところで、人はなぜ、人生一発逆転のために、国家資格を選ぶのでしょうか?
そこには、特権意識があるのではないか、と私は思うのです。
国家資格合格者に、業務独占権という特権を与え、特権の下に商売ができる、
国家に保護された商売だからこそ、経営は容易に違いない。
そう思っている受験生は、少なからずいるのではないでしょうか。
或いは、国家試験が難関であればあるほど、その特権の価値は高い、とも。
士業者業界において、そういう面が少なからず存在することは否定できません。
行政書士法が議員立法であることもその裏付けですし、
多くの行政書士が政治連盟に対して支出していることは、
会員の既得権益保護の要請に基づくものであることは、
どんなきれい事を並べても、誰の目にも明らかでしょう。
このことは、少し難しいかもしれませんので、いずれまた書いてみようと思います。
行政書士試験の合格を、自分への特権付与手続きだと思っている人がいれば、
少し考えて欲しいことがあります。
私は行政書士業務を通じて、いろんな経営者、中小企業の社長とお話をします。
その中には、小学校で習う漢字もまともに読めない社長もいます。
ある社長は会社設立3年、まだ30代で年商2億、従業員20名を抱えています。
単純比較は難しいですが、行政書士業3年で年商2億に到達することはほぼ不可能ですし、
補助者を20名抱えた事務所なんて、大都市にはありますが、
地方都市ではまずそうそう存在しません。
彼は、国家資格も持たず、中学生程度の教養もないにもかかわらず、
商売に関しては才覚を発揮しています。
この社長が特殊な例というわけではなく、私の顧客名簿の中には、
そんな人が結構います。
独占業務という特権が与えられなくても、売上を立て、利益を上げている一般企業がある反面、
行政書士は特権付与を受けているにもかかわらず、産業として成立していない事務所が多い。
人生一発逆転を狙うのは結構ですが、国家試験を特権付与試験と認識しても、
特権があるけど仕事がない行政書士になるのがオチです。
行政書士法に基づく独占業務については、
沿革がどうであれ、現状の活動がどうであれ、
積極目的規制ではない、と割り切って商売をしないかぎり、
市場では相手にされません。
自らを特権階級と思い込んでいる人間には、
需要がないのが当然の摂理なのかな、と私は思っています。
繰り返しになりますが、少なくとも行政書士の場合、
自分に需要がない(仕事がない)理由を、行政書士資格のせいにしないように!