昨日イラスト納品もあって、久しぶりのアクションも、手すき時間(例えば外出の車中ででも)思いついたことを断片でいいから書きつけるノートメモを持ち歩きにしていて、そこに溜まったアイデアの取捨選択と組み合わせするだけなら、まあ寝る前に仕上がるだろう。細かい推敲をスキップするならもっと早くーーー
と心積もりをしていた。
1月19日という、阪神淡路大震災と切り離せない時期に。
百条委員会で重要な役割を果たされたにもかかわらず、「やり直し選挙」でアレが再選となって、報復や家族への加害示唆も懸念され「周囲の、大切な者たちの安全のために」県会議員を辞職されていた方が、自死を選ばれた。
なんでや。
なんでこの方が死を選ばなくてはならんのか。
昨年の知事選で対立候補で、既に政治家からは引退を宣言していた前の尼崎市長の方に対する嫌がらせも尋常ではなかった。
(稲村氏は、学部時代に被災し、院生時代は同じキャンパスにいたことになるのでどこかですれ違ったりはしてただろう。学食で一緒したこともあったかもしれない;指導教官どなただったんだろうかとか気にかかる;反骨の人・阿部御大だったら素敵だろう!)
女性ならではの事情になるが、結婚して家も出て別所帯になっているのに、御実家の年を取られた親御さんのところ(兵庫県とは直接県境接したりしてない遠くだよ!)にまで凸……正気でいるのがもう難しい。理解などできる筈がない。
その行動力や費用どっから出てるねん。仕事してたらそんな暇ないし、無職だったらそんな金ないだろ。
そんだけ兵庫県、今おかしいねん。
アレを「おかしくない」と思いたいなら、自分自身が「おかしい連中」の仲間入りをしなければ、精神的安定は望めない。
が、幸いなことに子供の頃から育てられてきた善悪の分別や倫理観、人としての心が「あんなモノの仲間入りなんざ、死んでもいやや」となる。
既に兵庫県では自死3人目。
(やや別口になるが、昨年の五百籏頭先生(ごっすい知性と教養と胆力の人。単位はくれなかった←)の憤死も入れると、4人目の死者だ。)
なんでまともな人たちが、無念の死を遂げなくてはならないか。
コトバや誹謗中傷は人を殺す。
殴ったり武器で攻撃でしたわけじゃないから俺らには関係ありましぇん、と連中は言う。
都に買う多い数の、顔の見えない悪意にさらされて、しかも自分以外の者への加害をほのめかされて、それも毎日。
正気を保てるか?
どんな地獄だ。
・・・ちょっとゲームの世界にシンクロした部分はあるけれど、アクションは難産。
辛い。