・・・私が母のおなかの中にいたとき、周囲で「今度生まれてくる赤ちゃんは、どんなんだろうね」という話題が、たくさんあって、自分のことはかまって貰えなくなるのかとジェラシーを感じて、6ヶ月くらいのころ、母の下腹部(その中には私)に頭突きをかましにいって、むちゃくちゃ怒られたという経歴を持つ姉が、なんとまだ目も開かない捨て猫の子猫を拾ってきた。


おかげで、くーちゃんが微妙に拗ねています(苦笑)。


生きたいから、子猫(名前はまだない)はにゃーにゃー、と声をあげていたのでしょう。

その話は、姉が拾いに行く前から聞いていた、けれども、私は「やめとき。」と反対しました。

命のあるものを、しかもまだ生きる力が自分で十分に備わってないものと、かかわりあいになって・・・どこまで責任を持って面倒を見ることが出来るか、という大きな問題がそこにはあるからです。


結局拾ってもって帰ってきたのは1匹だけでしたが、はじめに声を聞いたときは、4匹いた・・・のだそうです。

冷たいようだけれど、母も私も、実家には犬もいることだし、生き物を飼うことは心の慰めにはなるけれども、失ってしまったときの虚脱感と落ち込みは、何度経験してもなれることが出来ない(といって、平気のへっちゃらな人間になるつもりもないですが)し、うまくひとりだち出来るまでに育っても、うちで飼うことはできないよ・・・といったのですが、拾ってきてしまった。


たった80gの命です。今は、ミルクを飲んで寝てるだけ。

けれど、どうしようもない気持ちにとらわれて、そうやって「縁」を結んでしまったのだから、仔猫のためにも、姉貴自身のためにも、ちゃんと育ってくれよ、というのが今の正直なところです。

小さな命、ですが「預かる」ことを選択した以上は。


犬や猫が多胎なのは、それだけ生き残ることが難しいからだよ、とは言ったんですが・・・。


このようになってしまった以上は、かみさまが、できるかぎり見守ってくれますように。


――そういうことで、むやみにただ単に人を「救えばそれでいいのか?」とも考えた次第。

救う・・・随分僭越な言葉だ!・・・にしても、他に生きていく道まである程度示せて、こその話ではないか、とも。


myuu

雉のトラ猫です。

そのうち里親探すことになるかも・・・というので、ちょっと予告しときますね。

猫自身は、どうやら「生きたい」ようです・・・。