以前、私は掃除に対して、少し潔癖っぽいところがあることを書きました(→■)が、人間関係に対しても同じような側面があります。
家のゴミが見えるところに朝まで放置されているのが気になるように、話すことがないと思った人がアドレス帳に残っているのが気になるタイプです。
元々ひとりの時間が大事という性質も加わって、私の人間関係は年齢に似合わず、とても閉ざされたものになっています。
婚活というハードルにぶつかるまでは、さしてそれを問題視していませんでした。
でも最近、
『自分には人の欠点を受け入れるだけの許容性がなかったんだなぁ』とか、
『自分は人を知る努力をしてこなかったんだなぁ』
ということを実感しています。
そうした性質は、確かに変な人を寄せ付けない効果もありましたが、
同時に人間関係の広がりを狭めて、可能性のあったはずの人まで振るいに落としていたんですよね。
私がもう少し、周りの人間との交流を大事にして、寛容に受け入れていれば、
人としての幅も広がったし、こんなに結婚というテーマに悩むこともなかったかもしれません。
さて、そんな私がなんで結婚がしたいのかを見つめ直すと、気持ちの配分的には↓のような感じでした。
「世間体が気になるため」……22%
「家族を安心させるため」……18%
「将来へのリスクヘッジのため」……16%
「今後ひとりで出来るライフイベントより、家族で出来るライフイベントの方が楽しそうだから」……8%
「結婚しないことにより、人間関係や仕事の幅が狭まるのが怖いため」……14%
「信頼できる人と一緒に歳をとっていく安心感を得たいため」……22%
一部を除き、だいぶ打算的で受動的な理由です。
私が何も考えず、ふわふわと漂っていても捕まえてもらえるだけの需要がある女ならまだしも、
結婚するにはだいぶ努力と売り込みが必要なレベルの女であるにも関わらず、
相手の出方次第で、やる気になったり投げやりになってしまうのは、
結局のところ、自分の人生として、結婚というものを絶対必要なものと捉えていないせいなんだろうな、と思いました。
続く