こんにちは(^-^)
ダイエットなしの幸せ生活を提案するハッピーママです。
最近、つながってきました。
「心で感じたこと」と「言葉」が。。。
もうずっと前に、心で感じたことを言うのをやめました。
それは、誰もわかってくれないから。
それは、誰も受けとめてくれないから。
それは、人と対立したくないから。
それは、自分の感覚が妥当かわからないから。
それは、人に嫌われるのが怖いから。
それは、人に反感を持たれるのが嫌だから。。
そうやって言えなくなると、どんどん「心で感じたこと」と現実に話す「言葉」の間に距離が出来ました。
その距離は途方もなく遠くなり、
自分が何を感じているのかわからなくなり、
だから「話すこと」もなくなったように思います。
まずは自分が心で感じていることを感じる努力をしてきました。
何年も何年もかけて。
でも、感じていることはわかるようになっても、それを言葉にして話すことにはまた高いハードルがありました。
「心で感じたこと」をそのまますぐに「言葉にする」という、ある意味当たり前で自然なことが、全然できなくなっていたのです。
不快に感じていることはわかっても言えない。
怒りに感じていることはわかっても言えない。
悲しく感じていることも言えない。
そんな感じでした。
だから先日、娘の英会話教室で、度を超えてめちゃくちゃな子がいて、何度かぶつかられたり娘のテキストが踏まれたりしても、その場では何も言えませんでした。。
そしてそんな自分が嫌でした。
レッスンの後で先生には伝えましたが、そのときも、自分の感覚をかなりディスカウントして話している自分が嫌でした。
私の「心で感じたこと」と「言葉」の間にはかなりの隔たりがあるようです。
そりゃ、思ったまま何でも言えばいいっものではありません。
言い方に配慮や工夫は必要です。
でも、自分が心で感じたことを自分でディスカウントするのは話が違います。
それは自分を粗末に扱っていることのように思います。
でも今日、そんな私に明らかな変化がありました。
子どもたちと映画を見に行ってきたんですが、
なんと、私たちの後ろの席で退屈し始めた四歳前後の男の子が、靴をはいたままで椅子の背もたれを乗り越えて私たちが座る列の椅子に転がってきたのです。。
それは私の席のふたつ右隣で、誰もいない席でしたが、私からすれば椅子が揺れるし、落ち着いて映画を見ていられなくなる迷惑な行為でした。
その男の子を連れていたのはおじいさんおばあさんでしたが、なぜ注意しないのか不思議でした。
あまりにびっくりしてそのときは何も言えませんでした。。
また「心で感じたこと」と「言葉」に距離があるいつもの私です。。
男の子はしばらくゴロゴロしてからまた椅子を乗り越えて戻っていきましたが、私は考え続けました。
私、間違ってないよな。。。
でも、私が予約した席じゃないし。
いや、でもやっぱりあれはおかしいよな。
私が予約した席ではなくても、振動や変な存在感で落ち着かない気もちになるし。。
いくら子どもでもあれはやってはいけない行為だよな。
忘れたころに、男の子がまた椅子の背もたれを乗り越えて転がってきました。
相変わらずおじいさんおばあさんは何も言いません。。
私も相変わらず、一瞬その事態から目をそらしました。
でも思いました。
もうこんな自分でいたくない。
そして男の子に向かって声を出しました。
「自分の席に座っていようか」
想像外の言葉でした。。
何て言うか決めてなかったけど、もっと批判的な気持ちでした。
それなのに、実際に出た言葉とエネルギーは、もっと優しいものでした。。
その男の子を見た一瞬で、子どもの純粋さを感じ、私の感じたことが変わったのでしょう。
大人がきちんと教えないから迷惑行為をしてしまっているけど、この子は純粋な目をしている。
そして感じたことがそのまま言葉になりました。
批判ではなく、適切なことができるように促したのです。
私は私をもっと信頼していいと思いました。
そして、自分の心が感じたことと言葉がようやくつながったのを、感じました(^-^)。