5度目逮捕の高橋祐也容疑者「ギャラ全部もらってやる」母・三田佳子を追い込んだ“タカリ地獄”

5度目の逮捕前の高橋容疑者

 

10月21日、元俳優で三田佳子の次男・高橋祐也容疑者(42)が覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されたことが明らかとなったのだ。各メディアによると、高橋容疑者は今年9月、東京・港区の自宅で覚醒剤およそ0.01グラムを所持した疑いで、調べに対して容疑を認めているという。

 

高校在学中の98年、00年、07年、18年に続いて、高橋容疑者が覚醒剤事件で逮捕されるのはこれで5度目。これまで母である三田は、逮捕されるたびに記者会見で涙ながらに謝罪、出演作品を降板するなど、様々な代償を払ってきた。

 

しかし、当の高橋容疑者はというと、“親の心子知らず”にもほどがある行動を――。

 

「高橋容疑者が逮捕されたあとも月に数十万円の小遣いを渡していたことが報じられるなど、三田さんの“過保護ぶり”が批判されたこともありました。それでも三田さんは、更生を信じて見守り続けていたそうです。

 

しかし、高橋容疑者は三田さんにたかることをやめず、17年のドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)に出演した際、周囲に『ドラマのギャラが1千万円入るから俺が全部もらってやる!』と豪語していたといいます。三田さんが『もうお金ないの……』と高橋容疑者に言っても、『母親は俺に逆らえないんだ』と言いふらしてさえいたそうです」(三田の知人)

 

18年の逮捕の際、《親としては、もう力及ばずの心境です。このうえは、本人ももう40手前ですし、自らの責任と覚悟をもって受け止め、そして罪を償って、生き抜いてもらいたい》とコメントを発表していた三田。

 

罪を償うどころか重ねてしまった息子の逮捕に今、何を思うのか――。

 

 

 

 

昨日「ひるおび」を見ていたら

コメンテーターのABC-Z・河合郁人が

 

薬物を止めるのが簡単ではないのはわかるけど

この人の場合最初から止める気がないとしか思えない

 

という真っ当なコメントをしていましたが激しく同意。

 

 

だってその証拠に初めて逮捕されてから今回の逮捕に至るまでの間

自分の生き方を心の底から反省して真っ当な生き方をしようと努力した様子が全然ないじゃないですか、この人。

 

しかも、嫁と子供までいるのにです。

 

真面目に薬物を絶つ努力もせず働こうともせず

一環してず~~~~~っと母親である三田佳子を脅してお金を巻き上げて豪遊する生活していたんだから

もう人間の根本の部分から完全に腐り切っているとしか言いようがありません。

 

 

三田佳子もさ

このどうしようもないクズの次男が可愛くて可愛くて仕方ないんだろうけど

いい年した大人になっても親を脅してお金を巻き上げて、そのお金で遊びまわって覚醒剤を買い漁っている時点でもう諦めないといけなかったんだと思う。

 

よく「薬物中毒を克服するには家族の協力が絶対に必要だから見放さないであげて欲しい」っていう言葉を聞くけど

それって薬物中毒から本気で足を洗う気があって必死に頑張っている人のみに限定すべきだと思っているんですよ。

 

だから高橋祐也みたいなのはもう諦めて「野垂れ死にしようがどうしようが勝手にしろ」と縁を切って見放していいと思っています。

 

 

 

今からもう40年ほど前のことになりますが

「積み木くずし」というドラマが異常なほど大人気となって日本中の話題をさらい

最終回の視聴率は関東地区で45.3%という驚異の数字を記録しました。

 

そのドラマの中で私が一番印象的だった台詞があります。

 

うろ覚えなので正確ではないと思いますが

母親役の小川真由美が

 

自分達があの子を見放してしまったらあの子は死んでしまう(生きていかれない)

 

というようなことを

カウンセラー役の古谷一行に訴えるんですよ。

 

するとそう言われた古谷一行は静かにこう答えたんです。

 

 

もし死ぬようなことになったらそれはその子の寿命です

 

 

 

 

 

「何て冷たい」

「見放すなんて酷い」

「自分の子供だったらそんな風に簡単に割り切れない」

 

そう思う方の方が多いのではないかと思いますが

実はこれって非常に理にかなっていると思うんです。

 

だってダメなものはダメ

どうにもならないことはどうしようもないんですから。

 

 

「自分達のせいでこんな子になってしまった」というのなら

その責任を取って、どんなに辛くても子供が死んでいく様を見届ける。

 

もし「子供だけ死なせるわけにはいかない」

「それではあまりに子供が不憫すぎる」というのなら

その責任を取って一緒に死んであげる。

 

 

そういう親の責任の取り方があってもおかしくないと思っています。

 

 

あくまでも「私は」です。