ウチの近所には
庭いじりが大好きなお爺さんが
一人で作ったという
見事な藤棚がありました。
藤棚といってもとくあるこういう
クソつまらないやつじゃなくて
藤の枝の形に合わせて鉄パイプを組んだ
こういう芸術的な美しさのある藤棚だったんです。
あまりに見事なので花が咲く時期になると
わざわざ写真を撮りにくる人が大勢いたくらい
本当に見事な藤棚だったんですが・・・
お爺さんはある日突然亡くなってしまいました。
「まだそんな年じゃなかったのに」と思いつつ
「でもお爺さんの藤棚はこれからも多くの人を楽しませてくれる」「素敵な置き土産を残してくれたな」と思っていたんです。
ところが・・・・
先日そのお爺さんの家の前を通ったら
あの立派な藤の木が全てバッサリ切られて
土台の鉄パイプだけになっていてもう唖然。
しばらくその場を動くことができませんでした。
私がショックだったのは
「あの美しい藤棚を見ることがもうできなくなってしまった」ということだけでなく
「お爺さんが何年も何十年も丹精込めて作り上げた藤棚なのにお爺さんが亡くなってすぐ家族が切り落としてしまった」ということ。
そして更にショックだったのは
きっと以前から家族は「こんな藤棚邪魔でしょうがない」「こんなものがなければ庭がもっとスッキリしているのに」と不満を持っていたんだろうと思ったから。
誰か一人でも「お爺ちゃんがあんなに大切にしていたんだから残してあげようよ」っていう人はいなかったのでしょうか。
だとしたらあまりに悲しい。
今も藤の木をジッと見上げていたお爺さんの姿が目に浮かんできます。
一日の締めがこんな悲しい話になってしまったやないか。