スイスで初の、お葬式 | スイス突撃奮闘日記☆ロードオブ移住

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スイス生活14年目突入。
スイス人パートナーと2019年、2022年生まれの息子達と2024年生まれの娘の5人家族。
スイスでの日常生活、
面白いこと、腹立つこと、
いろいろ日記として書いてます。


先日、スイスで初めて、お葬式に参列してきた。

しばらく前に、ご近所のおじいちゃんが事故で意識不明になってから、約一週間後に亡くなったんです。

スイスドイツ語が分からない私は、いつもおじいちゃんの犬の散歩の行き帰りにすれ違い、「おはよう」「こんにちは」の挨拶を交わしていただけだったけど、優しい人であることは、にじみ出ている人だった。


特に、妻である、おばあちゃんとはとても仲が良くて、キャンピングカーでヨーロッパを網羅していたほどの旅行好き。
犬をつれてしばらく留守をし、キャンピングカーが駐車場になかったら、ただ今旅行中だな、と一発で分かった。


だから、そんな風にいつもそばにいた人の死が突然、何の前触れもなく訪れて、おばあちゃんは悲しみにくれている。
おばあちゃんの顔を見ているだけで、本当に可哀想に思えてくる。



こちらでのお葬式は、キリスト教に則っているもので、仏教のそれとは、まったく違った。
お葬式までの間に、遺体を家に寝かせてあげることはしないし、お葬式て火葬にまわすこともなく、お骨拾いもしない。

だから、お葬式に行くと、すでに焼かれて灰が入った木製の壺みたいなのが、写真の横に置かれていた。



よく、海外ドラマで見る、棺のまま埋めるというのではなく、火葬が主流のようだ。



お葬式では、故人がどういう人であったか、人生の遍歴を家族が述べるところは、日本と同じでした。

けど、日本じゃ絶対にないな、というところは、故人親しんでいた音楽を流していたこと!

「それでは今から、夫婦でよく口ずさんでいた音楽を流しますので、聞いてください」


なんて、日本のお葬式ではあり得ないでしょう。



日本では四十九日目に納骨ですが、こちらではお葬式の日に納骨、いや、納灰です。

その際に、参列者全員が、スコップで少し土を拾って、お墓に落とすのがあります。
あまり、死というものに近さを感じない葬式のスタイルでしたが、お墓の正面に立ったその時ばかりは、死の重みを感じました。




その後、お経のようなものもないので、一時間ほどで終了しました。



日本と比べると、やはり、故人の顔を直接見ないこと、菊などの格式張ったお花ではなく、わりとポップな花束が飾られること、墓地も写真やお花畑のようで、荘厳という雰囲気ではないことなどから、確かに悲しいんですが、あまり死というものの恐ろしさは感じない葬式でした。

 

故人とそれほど親しくなかったということもありますが、将来、国際結婚をした自分は、スイスで息絶えるのかな、こんな風にお葬式になるのかな、なんて思いを馳せた一日でした。