死にたい。
つきあっている最中、彼女はとてもやさしかった。別れた瞬間、嫌な人間になった、と感じる。他人(私)を故意に痛めつける人間というか。これが私の「認知の歪み」なのは分かっている。無理やり、「これは悪意ではない、これは悪意ではない」と呪文のように唱えて自分を落ち着かせようと頑張っても、あまりの辛さに被害者意識が募り、ついにはたわめられた我慢がバネのように弾けて、「なんで私をこんな目にあわせるのよ!」と責めたくなってしまう。責めないようにしようとすると、鬱憤が内攻して、「私、死んじゃうから!」となる。どちらにしても、相手にしてみれば迷惑な話だ。直さないと。でも、土曜日の電話を延期されるのが一番辛い。水曜日の朝からずっと待っていて、土曜日の朝が来て、やっと日が暮れるのを切望しているというのに、直前で「やっぱり明日にしてください」などとLINEが来ると、苦しさのあまり、悪意を感じてしまう。せめて数時間前に変更を言ってくれれば、私も受け身を取ることができるのに、なぜかそれをしてくれない。そして、その理由というのが「出かけているから」というのが、また不安だ。誰と?どこに?こんな寒空に?なぜ夜中まで帰ってこないの?色々な疑問が渦巻いて、自家中毒を起こしてしまう。私はそもそも誰に限らず他人の予定変更に影響されるのが極度に苦手だ。先週の土曜日は例の漫画家さんとウチで蟹を食べる約束をしていた。『失恋告知の明暗』昨日、近所のカフェで会った漫画家の友人に失恋のことを告げた。この一か月、私は落ち込んでいるとは言い続けていたが、理由は明かしていなかった。「2週間前とは世…ameblo.jp私は肉のパイ包みテリーヌやキャロットラペやチョコレートムースなど、それなりに副菜を用意し、市場まで活きた蟹を買いに行って大量の湯を沸かし、準備をしていた。約束の時間になって、あとは暴れる蟹を鍋に入れるばかり。「到着時間教えてね、ぴったりに茹でるから」と送るとすぐ「やっぱり行くのやめた」と連絡が入る。既に蟹は二杯買ってあってあるのに・・一杯3000円する蟹二杯を私一人で食べろと??ドタキャンする人の想像力の無さ、にすごくがっかりする。たぶん、私がここまで苦労してその人のために色々用意したり、頑張って散らかった部屋を掃除したりしていることなんて知ったことではないのだろうな、と。「彼女の電話」と「漫画家の来訪」のキャンセル。本来この二つの「予定変更」は関係ないものなのだが、私の中では合算されて悲憤があふれ出してしまう。そして漫画家のほうに文句が言えないものだから、つい彼女に当たることになる。彼女からしたら、たかが「電話を明日にして」と告げただけで「私、もう死ぬから」から始まるメンヘラヒス構文を投げつけられることになりぎょっとする感じだろう。案の定、「そんなこと言うならもう電話切ります」と言われた。・・・きわめて宜しくない。いい年して精神不安定だし、穏便に対応できないのが恥ずかしい。いや、漫画家のほうには表面上きわめて穏当な返事をしているくせに、彼女にだけ、異常かつ激烈な反応をして、ますます困らせ、ドン引きさせてしまうという。そしてまた火曜日(電話する日)、連絡がない。12時なって、「後輩と飲んでて、火曜日だったこと忘れてました」と短文が舞い込む。忘れる?!って・・・。土曜日に、私が直前、もしくは連絡なしに電話を延期されるのがいかに辛いかと縷々と説明したばかりなのに。(私も忙しい人間で、その電話の時間を確保するために、かなり無理しているのだ。そもそも電話をするはずの時間に電話がないと、朝まで悶々として眠れないので、その数時間が大無駄である。そして翌日の朝のパフォーマンスも最悪、眠れないからと言って、変な時間に落ちてしまったりするので、要は一日が台無しになる)些細なことに死ぬ死ぬ、と騒いでしまうなんて、常人には理解されがたいだろうから、漫画家の件も含めて、一生懸命、冷静に説明してみたつもりだ。彼女は最後に「分かりました。これからは連絡するようにします」と言った。そしてまた、たった二日後に同じことが繰り返される。後輩って誰???先週も火曜日「飲み会」だったよね?なんなのそいつ、という疑問で、頭がおかしくなりそう。ホント死にたい。もともと失恋で死にたい、わけだから、崖の上で片足を宙に浮かせているような状態だ。実際、ウチは高層階なので、いつでも飛び降りられる。背中に羽が当たっただけで、押されて飛び降りてしまうようなギリギリの状態なのに、なに突き落とさなくてもいいではないか。よりによって、彼女が。世界で一番私が好きと、永遠に好きと、何百回も誓った彼女が。結局また朝までイライラして眠れず、ついにはこんな動画をずっと見ていた。Communication and ConflictPromoting Mindful Communication, Growth Through Conflict. When conflict is seen as 'the beginning of consciousness' (Mary Esther Harding), we can treat it as an opportunity to 'wa…www.youtube.comためになるけど・・・。職場なら私もそうするけど・・・。何故か、恋人相手にだけ、論理的になれない。今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな