飯マズでしかない
翌朝、彼女の眼は笑ってしまうほどに腫れていた。こうなるのが嫌だから私に来るなと言ったのだろう。早朝から仕事だというのに、睡眠不足だし、この目だし。私って疫病神だ。嫌いと言われるのも当然な気がしてくる。コーヒーを飲むというので、私が豆を挽いた。彼女の家には二年近く居ついているのに、私が豆を挽いたのは初めてだったかもしれない。そういうところだ、と今更ながらに思う。いつも、彼女がゴリゴリと豆を挽き、私は淹れてもらったコーヒーを飲み下して「美味しい」と褒めるばかりだったのだ。手作業で挽くのはなかなか大変な作業だった。私は殆ど手伝ったことがなかったから知らなかった。彼女が仕事に出かけると、私はまた急いで実家に帰る。電車の中で、初めて涙が出てきた。なぜか一人になると泣けるし、涙が止まらない。だが泣いている場合ではない。9時半には実家に着き、10時に病院の人に会う。居宅療養管理指導・介護予防居宅療養管理指導契約書、なるものにサインする。12時に母にツナと玉ねぎのスパゲッティーを作る。それしか素材がないから仕方なく作ったものだが、母は美味しいと言ってやたらと食べていた。あまり言っても仕方がないことだが、ヘルパーさんの作る食事が美味しくないせいだろう。昔の母は、私の料理など口に合わないと言って食べなかった。1時には母の行きつけの床屋に寄り、訪問カットの手はずを整え、その足で市役所に行き医療費関連の手続き、帰りにスーパーに寄り、買い物。3時に浴室の手すり設置の工事の人と打ち合わせ。4時に担当の医者と初顔合わせ。夜は母に高級薄切り肉ですき焼きを作る。目まぐるしく動いたものだ。何かしていると気が紛れる、ということもあったかもしれない。8時にまた、新宿で彼女と待ち合わせ。母に受けたスパゲッティーを彼女の家で作ってあげようかとも思ったが、結局時間がもったいないので、昨日候補にあげた3店舗のうちの一軒に行くことにする。彼女が私の希望を察して「蟹、食べますか?」と聞いてくれたのだ。もちろん彼女は上海ガニなど嫌いだ。ゆうべ羅列された「私と上手くいかない理由」のなかで、「食事の趣味が合わない」というのも挙げられていた。食事に対して、私のこだわりが強いから、「あわない」と。こだわりが強いし、旬食材にうるさいから、いつも「(彼女にしてみれば)珍奇な」ものを食べてばかり。結局、いつも彼女が私に合わせる羽目になっているのは事実だ。上海小吃(シャンハイシャオツー)TEL:03-3232-5909 東京都新宿区歌舞伎町1-3-10 上海家庭料理の店 上海小吃shanghai-xiaochi.com昔美味しかったと思った店に10年ぶりくらいに行ったが、席は寒いし、たばこ臭いし、上海ガニも別に美味しくなかった。彼女に至っては、一口食べて顔をしかめて、手も付けられない。たいして頼んでいないのに、会計も13000円だったし。こんな店に連れて行ったのを恥じて、ラーメンで口直し。東京に帰るとほぼ必ず食べる太肉麺だが、なぜかこれも余り美味しくなかった。でも、空腹だったのか、彼女はよく食べてくれた。それから家に帰って去年一緒に訪れたヴィラデスト土産の白ワインのハーフボトルを飲む。ヴィニュロンズリザーブ シャルドネ ハーフボトルヴィラデストの畑は標高850メートルに位置し、その冷涼な気候から酸味、フレーバーのしっかりしたブドウが得られます。丹精こめて育てた最高品質のブドウを、フレンチオーク樽で発酵させ、シュール・リーの状態で約7か月樽熟成後、瓶詰めしました。豊かな果実味と適度な樽香でボリューム感があると同時に、良質な酸味によりエレガントさの感じられるワインになりました。villadest.shop-pro.jp濃密な花の香りがした。