拝啓母上様

日本は四季があることが誇りとされておりますが

それにつけても過酷な夏の暑さに辟易しておられることでしょう。

お元気にお過ごしでしょうか。

なにぶん親不孝を重ねている連絡不精の息子で

母上様にはここまで色々とご心配をおかけしております。

しかし、貴女様の息子は決して立派ではございませぬが

今を一所懸命に己が思った通りに生きる事に関しましては

胸を張ってもよいものと思う次第であります。

まだまだ周りの人の助けがあってのこの非才の身ではございますが

逆に周りから助けをいただける

そんなありがたい環境に身を置くことができている点、

息子は恵まれていると自覚しております。

母上の教えに従い、周囲への感謝は常に忘れぬよう努めてまいります。

思えば、母上は常に私を気遣ってくださって憚りませんでした。

幼少の頃、私にまだ知らぬ事を教えて下ったのは母上でした。

誕生日を一日間違えて祝ってくれたのも母でした。

病床にあった私に推理もののクイズ本を読んでくれた時、

犯人と被害者が同一人物的な話の流れになり

「同一人物でも下半身は別人って可能性もあるけどね」

とさりげなく下の話をぶち込んで来られたのも

今となっては懐かしい思い出です。

母上にどういう過去があったのか気になるばかりです。

しかし、知らない方が良いことも世の中にはあり

おそらく母上のその点についても同じことだと理解しております。


さて、貴女の息子からのお願いがございます。

毎年両国国技館に来られている中で

今年は無念にも武道館に来られないのは承知いたしました。

息子の晴れ舞台を見る事ができない悔しさも

多少なりとも理解はしているつもりです。

しかしながら

「今年は武道館に行けないから、その代わりに子供を連れて帰ってこい」

とおっしゃられた言葉の意味が息子にはまるでわかりません。

今年来ることができない、ここまではわかります。

その後おっしゃったことは息子の頭では全然繋りません。

「その代わり」の意味もわかりませんし、

そもそも全然代わりになってません。

「子供を連れて帰ってこい」のくだりも、

貴女の脳内で何が起こっているのか理解に苦しみます。

結婚をすっ飛ばして子供というのはこの際置いときましょう。

この状況でもし貴女の言いつけ通り子供を連れて帰ろうとした場合、

貴女の息子は極めて高い確率で捕まります。誘拐犯として。

その場合、おそらく実家までたどり着けないか

たどり着いたとしてもそれはもうお勤めが終わった後になります。

いわゆる札付きです。

それまでお達者でいてくれることを切に願います。

そして何より、「ちょっと今忙しい」と言ったタイミングの電話で

このようなことを息子に告げ、

ヒットアンドアウェイのように電話を切る事は控えていただけませんでしょうか。

不詳の息子からのお願いです。


残暑も続くことが予想されますが

お身体には十分気をつけられますよう。


かしこ