8年前、青年は、一度プロレスをやめた。

こんなに楽しいことをずっとやってたらダメになってしまう、と思ったから。

幸運にも、青年の引退試合は大阪府立体育館第1競技場で行われることとなった。

たかが学生プロレスなのに、過分な幸せを頂いた。

そこで、多くの仲間と見に来てくれたお客さんに見守られて、

青年はリングを降りた。

花道を歩く時、涙があふれた。

すごく楽しかった思い出が涙として青年から溢れ出た。

一度立ち止まり、光景を見ようと思った。

でも、振り返れなかった。

振り返ったら、リングは絶対キラキラしてるから。


その瞬間、青年は東京へ行こう、と思った。

くさい言い方をすれば、ゼロから自分を作り上げたかった。

ここにいたら、絶対楽しい。

戦友たちとずっとプロレスしていたい。

そんなの、楽しいに決まってる。

でも。

ここにいたら、過去の自分が未来の自分を縛りつける。

それはいやだ。

自分は、もう少し大きくなりたい。

そう思って、東京にやってきた。


半年後、青年は仕事先のつきあいでプロレスを観戦することになった。

有明コロシアム。闘龍門だった。

やはりリング上は、キラキラしていた。

正直、ムカついた。

何で自分は2階席にいるんだろう。

その日の夜は、キラキラが目から消えなくて眠れなかった。


それからしばらく経って青年はある日、DDTに出た。

なんのことはない、なんか面白そうだったから。

そしてゼロから始められそうだったから。

またプロレスでとは大阪出たときは思ってなかったけど。

青年がまた作り始めたプロレスで

当時の看板選手が相次いで怪我で不在、

ビアガーデンプロレスという酔っ払いばかりのなんでもアリな場、

そして青年が絶対的に自信を持っていたキャラクタープロレス、

全ての運が青年に味方し、青年はDDTレギュラーの座を得た。

後にはDDTのベルトを手に入れることも出来た。

色々な団体からお呼びがかかるようにもなった。

運だけでやってきたにしては、上々の状況と言えよう。


その間、葛藤がなかったと言えば、嘘になる。

自分のやりたいことをやれているのか

自分の限界はどこなのか

そもそも果たして限界を感じることは出来るのか

限界を感じる前に埋もれてしまうのではないか

自分が埋めてしまうのではないか

ブレることが許されるのか

どこまでブレてもいいものなのか

プロだからこそ抑えなきゃいけない気持ちや言葉がある

言いたいことが言えないのにそこまでしてやっていく意味があるのか

見たいもの以外を提供することがそんなに悪なのか

それならそれで消費者と提供者の金だけの関係はなぜ成立しないのか


考えることはいっぱいある。

昔も。

今も。

これからも。


でも

青年が中年になって

昔よりもいろいろ考えたところで

両国は待ってくれない。

青年は、開き直ることにした。


どうってことのない、いち学生プロレスラーだった青年が

2009年8月23日両国国技館に立つんです。

いや、立ちたいんです。

だって、リングはきっとキラキラしてるから。

外から見るんじゃなく、キラキラした場所に立ってたいから。


P.S.

8月23日は、男色ディーノに関わった全ての人に見て欲しい。

昔から好きだった人、嫌いだった人、好きになった人、嫌いになった人

元々好きでも嫌いでもない人、名前だけしか知らない人。

32年間いろんな出会いがあって別れがあって

その関わった全ての人に、見て欲しい。

そうすることで、自分はその先に進めるんです。

よろしく、お願いいたします。