ライブ配信で月組『グレート・ギャツビー』ようやく視聴。

公演の情報は極力シャットダウンしてまっさらな気持ちで見ましたー。

最後、ギャツビーの父が葬式に訪ねてきて少年時代を回顧するあのシーン、初演時のをものすごく覚えてたんだけど、子どもに見事にカットインされて感動迷子……消化不良。。。やっぱ本気でみたい作品は家で見ちゃダメですね・・(~_~;)

 

れいこ(月城かなと)は、大劇場トップお披露目の時から感じていましたが、これが2作目とは思えない堂々たる主演ぶり。

初演、再演時の円熟トップスターたちに比肩する、哀愁漂う謎の色男ぶりだったのではないでしょうか。理屈抜きで文句なしにカッコ良いいのもまた・・・。

 

眉目秀麗な野心家が、スケールのでかいゴージャスなストーカーになるまでの背景や心の機微が丁寧に描かれている一方で、正直一本物にするほどの話なのか?と思わんでもなかったのですが(初見かつライブ配信なのでなおさら)、月城かなとの芝居に磁石のように引き寄せらせ、集中力が途切れずにすみました。真ん中の求心力により、「芝居の月組」たる組子の矜持が炸裂した舞台だったなぁと感じます。

 

ロマ劇の時、れいこの歌が劇的にうまくなっていると感じたのですが、今回も聴かせるなぁと唸るばかり。

北翔海莉が下級生に「歌もお芝居の一部。ただ音符通りに歌うのではなく、セリフとして表現する」みたいなことを言っていたのが印象的だったのですが、れいこの歌はまさにそれ。

音程を外さないのはもとより、「芝居の流れにおけるこの歌の意味」を絶対に外さないという気迫すら感じました。

 

彼女の芝居って、なんというか、「自分をよく見せよう」というスケベ根性を感じない。ただ、その人物になり切ることに徹頭徹尾集中する、そういった誠実さを感じます。

だから若い時は特に、その美貌の割りに地味に感じたこともあるんだけど、今は表現力も伴っているから、杜けあき風にいうと「男とか女とかである前に、人間・ギャツビー」がそこにいるように感じるんだろうなぁと。

 

だから、戦争中の青年ギャツビーから、5年後のギャツビーへの変化はお見事でだったし、その「目」が全然違うことに息を呑みました…。

初対面のニックへの警戒心を宿した醒めた視線、新聞記者を嘲笑する目つき、トムへの憎悪をたぎらせた鋭い眼光、愛するデイジーへの盲目的な眼差し、本人も「こんなにも離れがたい役は初めて」と言っていたけど、まさに憑依していたのでしょうね。

 

それにしても、「ケンタッキーとテネシー合わせて一番の美人」(でしたっけ?)デイジーよりも、全米1の美だよ、月城さん、あんたがな!!!!って観客全員が心の中で突っ込んでいたでしょうね・・・

月城かなとの美しさは、掛け値なしに傑出していました。

 

フィナーレ最後、大階段で浮かべたれいこちゃんの表情、感無量といった感じで、完走できてほっとしたのかな。

誰よりも舞台で動き回って消耗しているはずなのに、最後まで退団者の背中をずっとさすっている温かさに、人間の器のデカさを見せつけられ、どこまでもグレートな月組トップスターに誇らしい気持ちでした。

これからもついていきますっ!!!←組子の気分^^;