tb9 :寝たきり終了 | 空を見上げて– 乳がんHer2ステージ4 −

空を見上げて– 乳がんHer2ステージ4 −

2016年11月にホルモン受容体弱陽性、HER2陽性、ステージ4の乳がん宣告を受けました。まだまだ元気です。

こんにちは。晴れ

このお話は私の肘が人工関節になるまでの道のりを振り返っています。

 

過去の記事はこちらから。

はじめに → 私が人工関節になった理由

一覧 → 粉砕骨折の話



続きです。右矢印

 

 

寝たきり生活も2ヶ月近くに寝るとそれなりに馴染んできて

生活のリズムもできてきますが

病室の外の世界に現実感がなくなってきていました。

 

 

窓からは国技館と隅田川、

川沿いに走る首都高が見えましたが

夜になると車のテールランプを見つめては、

あの人たちは自分の意志で好きなところに移動できる生活をしているんだな、と、

その生活がどんなものか忘れかけてきていました。


 

ちなみに父は大相撲が始まると

双眼鏡を持ってきては相撲が見えないかと試行錯誤していました。

 

 

傷も順調に回復してきたのでいよいよ自分の足で歩く時がきました。

 

 

ベッドから足を下ろして座ろうとしますが腹筋がないのでうしろに倒れてしまいます。

まるでぬいぐるみになったかのように力が入らずくにゃっとなります。



たった2ヶ月で筋肉はなくなってしまうんですね。

しかもおなかの横を切ってるから力入れると痛いんです。

 

そして自分の足を見ると人生で一番細くなっていて、

アホな私はかなり嬉しかったのを覚えています。


 

20代前半という若さもあってすぐに筋肉が蘇り

しばらくすると病棟のロビーまで歩けるようになりました。


 

歩けるようになるとリハビリが始まります。

まだ移植した骨は動かせないのでまずは指と肩、そして手首の機能回復です。

こちらも2ヶ月近く動かしていなかったので固まっていました。

 

指のリハビリはかなり痛かったですが

のちに訪れる肘のリハビリに比べたらマッサージレベルです。

 

 

同時にヒビテン浴も始まりました。

ヒビテン液を希釈して傷の治癒を促し2次感染を防ぐのです。

処置室で一日15分くらいかな?

容器に入ったピンク色の水にずっと肘を浸していました。

 

隣には同じように足首を浸しているおじさんがいました。


 

おじさんは足首の開放粉砕骨折で

私と同じ時期に同じように牽引生活を送り、

手術で骨と皮膚移植をしたので自然と話すようになりました。

 

おじさんはプロの登山家で前人未到の無酸素でどこかの山を登る(うろ覚え)

偉業を成し遂げたその業界では有名なおじさんのようでした。

 

なのできっと山でケガをしたのだろうと思っていましたが

よく聞けば看板をとりつけようと登った梯子から落ちてしまったとか。

猿も木から落ちる系ですね。

 

 

こうして入院生活の第2ステージが始まりました。

 

 

 続きます。右矢印


 

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