こんにちは。
このお話は私の肘が人工関節になるまでの道のりを振り返っています。
過去の記事はこちらから。
はじめに → 私が人工関節になった理由
一覧 → 粉砕骨折の話
続きです。
突然手術した肘が痛み出しました。
それは骨というよりは皮膚に近いところで、
刺すような痛みでした。
それを看護師さんや医師に訴えても
経過は順調なのであまり耳を貸してくれず
痛がり女のいつものわがまま、くらいの扱いで。![]()
抜糸もまだだったしね。
ずっと続く鋭い痛みに不安しかなく
どうにかしてほしいと泣いてもスルーされていました。
ある日曜日、
部屋で一人、痛い痛いと唸っていたら
看護師さんに車椅子でデイルームまで連れていかれました。
まだ自分で動くことが出来なかったので
ひとり部屋にいると紛らわす事も出来ないからと
部屋から出してくれました。
今はスマホがあるので友人と話したりゲームをしたり出来ますが
当時はまだ携帯電話も無い時代だったんです。
入院してから初めて部屋の外に出たので
痛いながらも気分転換は出来ました。![]()
しばらく居ましたがさすがに飽きてきたので
戻ろうとするも自分では動かせない事に気づきました。
右手動かせないんだから当たり前なんですけど。
しかも看護師さん呼ぼうにも
休日は少ないせいか誰もいない。![]()
困った、このまま置き去り?
その時、足で床を押してみたら少し動いたんです。
前に進むことはできませんが後ろ向きなら少し動いたので、
少しずつ少しずつ進ませて廊下に出て
無事に看護師さんをつかまえることが出来ました。
これ以降車椅子に乗ることが多くなりましたが
その度に足で押していたのは良いリハビリになったと思います。
後になってこの時の痛みは
骨を固定している釘が外に出ようと皮膚を突き破っていたせいだとわかりました。
痛いはずだよー![]()
すぐに異物を排除しようする私の身体はハルク並?
既に突き破りきって痛みもなくなっていましたが
出てきた釘だけでも抜くことになり、
処置室で局所麻酔され医師ふたりがかりで抜いてくれました。
これがまたかなり手こずって、
多分ペンチのようなもので引き抜こうとしてるんだけど
なかなか抜けなくて先生たちも四苦八苦。
私はあまりの痛さに肘を固定していた先生の腕や手をずっと掴んでいましたよ。
数時間かかってどうにか二本抜いてくれました。
私も疲れましたが先生たちもグッタリしていて、
整形外科ってつくづく大工仕事だと思いました。
リハビリが始まったら他の釘も出てきちゃうかもね。
と、恐ろしい言葉を残して先生たちは去っていきました。
続きます。
にほんブログ村