こんにちは。
このお話は私の肘が人工関節になるまでの道のりを振り返っています。
過去の記事はこちらから。
はじめに → 私が人工関節になった理由
一覧 → 粉砕骨折の話
続きです。
開放骨折の重大なリスクとして感染症があります。
特に骨髄炎は厄介なので強力な抗生剤を流し
私が急性肝炎になるまで続きました。![]()
それほど感染のリスクが大きかったんでしょうね。
医療における優先順位がかなりシビアだと知ったのもこの時です。
幸いな事に感染症にはなりませんでした。
ばい菌には強いのかも、私。
何しろお台場でウインドサーフィンやって怪我をしても平気でしたから。
なんて、
今感染症で入院しているんですけど。![]()
9月も終わりに近づいた頃やっと手術決行となりました。
今回は骨移植と皮膚移植でまずは繋げる手術になります。
骨は患側の骨盤からで皮膚も腰から取ります。
実は最初の病院でも言われてたそうですが、
切断も覚悟してください、と両親に改めて説明。
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後に私の肘の中の写真を見た看護師に教えてもらったのですが
私の肘は相当ひどいことになっていたらしいです。
そんな事全く知らなかった私はのんきに手術日を待っていました。
当時の術前処置は今と違い、
前日の夜から液体の下剤をお尻から入れられます。
もちろん絶飲食。お水もダメ。
当日はお昼から開始です。
朝にもう一度下剤をイン。
そして私にとって史上最高のトラウマになった
経鼻カテーテル。
これを鼻から胃まで通しますが
管を鼻から挿入し喉のところで、
ごっくんしてください、と言われるも
すぐにえづいてしまいなかなか入らず
手術前から死ぬ思いをしました。
全身麻酔は胃腸の動きも止めてしまうので
その間、胃液をチューブで吸い上げるために入れています。
今、これを書きながら思い出しただけで涙目。
今の麻酔薬は格段に進歩しているし、
考え方も変わってきて、
お水は直前までOKだし鼻チューブもないし楽です。
あ、でもフットポンプは地獄でした。
これも麻酔中にやってほしいのだけど、
喉が傷つくから自力でごっくんのほうが良いらしい。
処置の後手術室から呼ばれやっと腕が牽引から開放され、
私の脇に返却されましたがひと月近く同じ位置にあったので
外された瞬間、肩がすごく痛かったです。![]()
そして生まれて初めての手術が始まりました。
続きます。