先日、常連の小坂さんから、お土産を頂きました。

小坂さん、ありがとうございました!


岐阜~関ヶ原~彦根などを巡る旅だそうです。

(小坂さん、地名が違っていたらごめんさない)


それぞれの地名と、お土産のパッケージ及び、

焼き菓子に刻印された葵のご紋と

「東軍 徳川家康」とくれば、

もう、それは、戦国浪漫にひたる旅であったことは

想像できるでしょう。


いいですねぇ。

戦国時代。


戦国焼1

戦国焼2

いろいろな武将や軍師や、物語がありますが、

僕が好きだったのは、前田 慶次郎です。


高校時代に読んだ漫画、「花の慶次」の影響が

そのままというのが分かりやすいですね(笑)


慶次郎の馬の名が、松風。

よって、私の自転車の名は、松風。

現在、高校時代から数えて、3代目でございます(笑)


漫画だけでなく、故 隆 慶一郎 原作の「一夢庵風流記」も、

何度も読み返しました。


そんな高校時代をおくったので、

どうしても欲しかったのが、「陣羽織」でした(笑)


なぜ?


「かっこいい」象徴に思ったのでした♪

しかし、いくらなんでも、このご時世に陣羽織を

羽織る機会があまりないのは承知しておりましたから、

「陣羽織」熱を学生服の裏地に集約したのでした(笑)


ということで、他のブログで書いた少し前の文章で、

おまけに北部秋田弁も混じっていて、恥ずかしいのですが、

思いきって、コピーです!


「裏地エレジー」


私が高校時代に 背負っていた学ランの裏地は、
そこいらにあるような 品のない龍などが、
品のない刺繍で 縫われている
醜悪な既製品などではありません。


町の呉服屋に売っていた 花嫁衣裳の生地の端切れ(ハギレ)です。
真紅の刺繍を背景に 金色(こんじき)の鶴が舞っているものです。


当時の私は、それに風流を感じたものでした(恍惚)

坊主頭の学ランぼんず(=少年の意)が、

そんなものを買い求めるものだから、
呉服屋の店員さんは、 「何に使うの」といぶかったものでした。

「学生服の裏地に使うんです。」と一応 言いましたが、
なんだか分かっていないようでした。

分かるはずはありません。

でも、私の頭には、 背中に舞う金色の鶴が
すでにイメージとして出来上がっていたのでした。


しかし、それに伴う技術がなかったのは 誤算でした。
あまりの稚拙さにご破算になりかけました。


自室で、裁縫箱をひらき、 ハギレの四面を補強するべく
マツリ縫いを施していましたが、 遅々として進まず、
私の脳内でお祭りが始まる始末です。


まぁ、これは誰に見せるものでもなく オトコの美学だからと、
安易な妥協をして、 次の作業に取り掛かりました。


学ランは、基本的に長期の休みには クリーニングに出します。
だから、裏地は取り外し可能にしようと 私は考えました。


次は、ハギレの四隅(よすみ)と それに対応する、

学ラン側の四隅に ボタンを縫い付けます。

その時、私の部屋に 祖母が入ってきました。


「なにやってるの。」

「ん。このハギレどこ、今、学生服さ 付けようと思ってけど、
ながなが出来ね。」
と素直に話しました。


「だいたい、そんだなぁと思ったよ。」


(ホントにか?)

「○○呉服屋の紙袋どご、もって帰ってきたべ。
そして、裁縫箱どこ持っていくもの。 だいたい、わかるもし。」

(恐るべし大正8年生まれ。)


そこからが、うちの祖母の 真骨頂。

「どれ・・・・。わぃ~。これだば、だめだ。
ボヨボヨだべし。」

なにせ、髪結いをナリワイに女手一本で
大正・昭和・平成を生きてきたヒトです。


お嫁さんの髪型である、日本髪や、

着物の着付けを させたら、天下一品です。

だから、着物には非常に厳しい(笑)

しかし、あとは、もう大船に乗った気分です。


孫には甘い。
早速、祖母は、自室に一式 持っていって、
私のイメージ通りに作ってくれました。

翌朝から、私は風流を背中に背負って
生きていきました(笑)

おばあちゃん、ありがとう。