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古稀おじさん人生の並木道

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ネット際の白い悪魔――K先輩から受け継いだ「究極の知略」

​前回の記事では、K先輩の驚異的な「ハタキジャンプ」
という肉体的な技術について触れた。
しかし、彼が「上手い」を超えて「凄い」と言わしめた理由は、
その卓越した身体能力だけではない。

ルールを極限まで熟知し、緊迫した場面でそれを瞬時に実行に移せる、
恐ろしいほどの「頭脳」と「勝負度胸」にこそ、彼の真の凄みがあった。
​それはK先輩が4年生のときに出場した全日本選手権での一幕である。

 

​試合は息の詰まるようなシーソーゲーム。1点を争う極限の緊張感の中、
相手コートでアクシデントに近いプレーが起きた。
相手のレシーブが乱れセッターが必死にボールを押し上げようとした際、
​ネット際にボールも飛び込んできた。

その瞬間、後ろで守備についていた私は、目の前の光景に思わず目を見張った。
​フロントゾーンにいたK先輩が、
まるで「ブロックの予備動作(プレプレイ)」であるかのように、
ごく自然に両手を突き上げながら、ネット際へスッと踏み込んだのだ。
そして、審判からは死角になる絶妙な角度で、
ほんの少しだけネット方向に頭を出し、
押し込まれてきたボールを「ヘディング」したのである。
​ほんのわずかに軌道を変えられたボールは、そのまま相手コートへぽとりと落下した。
​「インターフェア(タッチネット)だ!」
猛抗議する相手チーム。しかし、審判の笛は鳴らない。

審判の目には、K先輩の動きがあくまで
「ブロックの構えをしていたら、相手の勢いで押されたネットが不可抗力で頭に当たっただけ」
としか映っていなかったのだ。
​一般的なバレーボールの常識からすれば、ギリギリの、
あるいはおすすめできないプレーかもしれない。しかし、
私はこのプレーを決して「アンフェア」だとは思わない。
むしろ、これ以上ない「ファインプレイ」だと確信している。

​バレーボールのルールでは、相手がネットに飛び込んできた圧力によってネットが押し出され、
こちらに接触した場合、基本的には反則にはならない。
K先輩は、そのルールを完璧に血肉化していた。
だからこそ、あのコンマ数秒の緊迫したシーンで、
ネットタッチを取られない「ブロックのフリ」を瞬時に選択し、
完璧に演じきってみせたのだ。あのとっさの知略と度胸には、
後ろで見ていてゾクゾクするほどの鳥肌が立った。
​「なるほど、こういう戦い方もあるのか……」
強烈な印象とともに、私はこの先輩の「粋なテクニック」を脳裏に深く刻み込んだ。

 

​そして、その財産を発揮する時は、2年後に訪れる。
​私が上級生となり、
日本のバレー界を牽引する社会人の雄・松下電器(現:大阪ブルテオン)
との大一番に臨んだときのことだ。
あの全日本選手権と同じように、ネット際でもつれる緊迫した局面がやってきた。
相手のセッターがネットごとボールを押し込んでくる。
​その瞬間、私の身体は勝手に動いていた。

2年前に後ろから凝視していた、あのK先輩のシルエットが重なる。
ブロックを跳ぶフリをしながら、絶妙なタイミングで頭を出す――。
​ボールは軌道を変えて落ち、やはり審判の笛は鳴らなかった。
日本のトップリーグで百戦錬磨を誇る松下電器の選手たち、
そしてプロの審判の目をも欺いてみせた瞬間だった。
​肉体だけでなく、その「勝負師としての魂と知略」までも、
私はしっかりとK先輩から盗み受け継いでいたのだ。

コートの妖精であり、
時に白い悪魔のようでもあった偉大な先輩の背中から学んだことは、
今も私の誇るべき引き出しのひとつである。