【連載・番外編】「思い出のための起用」は、勝負への冒涜である
――映画『最後の早慶戦』に学ぶ、アスリートの真の敬意
本編ではHコーチの数々の不条理な采配について書いてきましたが、
この番外編では、私の勝負に対する「スタンス」をもう一つお伝えしたいと思います。
それは、当時のチーム内で起きた、ある「マネージャーの起用」に関する議論です。
その試合は、私たちの劣勢、つまり「負け試合」の展開でした。
チームを陰で支え続けてくれた4年生マネージャーへの感謝として、
「最後の大舞台、思い出作りに彼を試合に出してあげてはどうか」
という意見が周囲から上がったのです。
一見、美談のように聞こえるかもしれません。
しかし、私はこの提案に断固として反対しました。
なぜなら、敗色が濃厚な厳しい状況だからこそ、
私たちは最後の1点までベストメンバーで泥臭く勝利を追い求めなければならないからです。
そんな神聖なコートに、思い出作りのための温情起用を持ち込むことは、
死に物狂いで向かってくる相手チームに対して、これ以上ない「失礼」であり
、侮辱にあたると考えたからです。
私のこの考え方の根底には、映画『最後の早慶戦』の、ある強烈な精神があります。
あの出陣学徒壮行早慶戦で、早稲田は圧倒的な「勝ち試合」を展開していました。
しかし、早稲田の選手たちは最後の瞬間まで一切の手抜きをせず、
全力で慶應を圧倒し続けました。それこそが、戦地へ赴く者同士、
そして宿敵に対する最高の礼儀だったからです。
早稲田の田中総長が放ったとされる言葉。
「最後までベストメンバーでいけ。手抜きは慶應に失礼だ。
マネージャーへの感謝は、別の機会にしたまえ」
このセリフと、そして試合後に両校がスタンドを揺るがした
「早慶のエール交換」の美しさこそが、スポーツの本質、
そして相手への本当の「敬意」とは何かを物語っています。
ネットを挟んで対峙する相手は、お互いに血の滲むような努力を重ねてきた「戦友」です。
だからこそ、勝ち試合であろうと負け試合であろうと、
実力以外の何かで勝負を歪めることは、絶対に許されないのです。
マネージャーへの感謝や苦労のねぎらいは、試合が終わった後、別の場所で、
選手全員が心を込めて形にすればいい。
Hコーチの私情采配を許せなかったのも、この「思い出のための起用」に反対したのも、
私の中では全く同じ理由です。
「コートの上は、常に純粋な真剣勝負の場でなければならない。
そして終われば、互いを称え合うエールがあるべきだ」
半世紀経った今でも、私はこのスタンスを何一つ変えていません。
それが、あの時代をエースとして生き、戦い抜いた人間の、譲れない誇りだからです。