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古稀おじさん人生の並木道

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【連載・番外編】「思い出のための起用」は、勝負への冒涜である
​――映画『最後の早慶戦』に学ぶ、アスリートの真の敬意

​本編ではHコーチの数々の不条理な采配について書いてきましたが、
この番外編では、私の勝負に対する「スタンス」をもう一つお伝えしたいと思います。
それは、当時のチーム内で起きた、ある「マネージャーの起用」に関する議論です。
​その試合は、私たちの劣勢、つまり「負け試合」の展開でした。
チームを陰で支え続けてくれた4年生マネージャーへの感謝として、
「最後の大舞台、思い出作りに彼を試合に出してあげてはどうか」
という意見が周囲から上がったのです。
​一見、美談のように聞こえるかもしれません。
しかし、私はこの提案に断固として反対しました。
​なぜなら、敗色が濃厚な厳しい状況だからこそ、
私たちは最後の1点までベストメンバーで泥臭く勝利を追い求めなければならないからです。
そんな神聖なコートに、思い出作りのための温情起用を持ち込むことは、
死に物狂いで向かってくる相手チームに対して、これ以上ない「失礼」であり
、侮辱にあたると考えたからです。

​私のこの考え方の根底には、映画『最後の早慶戦』の、ある強烈な精神があります。
​あの出陣学徒壮行早慶戦で、早稲田は圧倒的な「勝ち試合」を展開していました。
しかし、早稲田の選手たちは最後の瞬間まで一切の手抜きをせず、
全力で慶應を圧倒し続けました。それこそが、戦地へ赴く者同士、
そして宿敵に対する最高の礼儀だったからです。

​早稲田の田中総長が放ったとされる言葉。
「最後までベストメンバーでいけ。手抜きは慶應に失礼だ。
マネージャーへの感謝は、別の機会にしたまえ」
​このセリフと、そして試合後に両校がスタンドを揺るがした
「早慶のエール交換」の美しさこそが、スポーツの本質、
そして相手への本当の「敬意」とは何かを物語っています。
​ネットを挟んで対峙する相手は、お互いに血の滲むような努力を重ねてきた「戦友」です。
だからこそ、勝ち試合であろうと負け試合であろうと、
実力以外の何かで勝負を歪めることは、絶対に許されないのです。

​マネージャーへの感謝や苦労のねぎらいは、試合が終わった後、別の場所で、
選手全員が心を込めて形にすればいい。
​Hコーチの私情采配を許せなかったのも、この「思い出のための起用」に反対したのも、
私の中では全く同じ理由です。
​「コートの上は、常に純粋な真剣勝負の場でなければならない。
そして終われば、互いを称え合うエールがあるべきだ」
​半世紀経った今でも、私はこのスタンスを何一つ変えていません。
それが、あの時代をエースとして生き、戦い抜いた人間の、譲れない誇りだからです。