今朝は雨っぽい天気だったためロングコートを着て出かけましたので、ベイバイクの個別レポーとはお休みします。帰りにもし晴れても乗りません。コートと合わないし、汚れるのヤなんで。
さて映画好き(趣味のレベルではない)のスローなブギですが、年末にケーブルでゴッドファーザーPart3がやっていた(テレビを点けたときは終わりの方だった)のをカミさんと観て、そうだ、正月休みはこの3部作を観ることにしよう、ということなった。9連休もあればパート1から3までイッキ見も可能かも...合計何時間になるんだろう、とかつぶやきながらTsutayaで3枚とも購入。1枚1000円、最近緊縮気味な我が家の家計でもこれは絶対に買う価値ありとみた。
陽気で活気に溢れたイタリア人社会のイメージとは裏腹な深い陰影に包まれたファミリーの肖像。敬虔なカトリックであると反面、残忍な復讐の指図を事も無げに下す彼らを象徴する「黒」の表現力が貧弱なテレビを前に、あーもっといい画像のテレビがあったらなぁ、などとまた物欲が頭をもたげてしまう。画像のよさで言えばコッポラ自ら陣頭指揮に立ち(本当かよ)デジタル処理を施された最終版があるらしいが、それだともっと...おっと、また財布の紐を緩めちまうところだ。。。
Part2で一応の収束を見せるストーリー(Part3は結構どうでもいいので)は個人的にはコッポラの「アメリカの良識」観の表現で真骨頂を迎えていると思う。近代史上の日本に対するアメリカ人のステレオタイプなイメージってヒステリックに「真珠湾を忘れるな!」などとヌかしている様な描写が多いが、意外とそんなの米国家機関か何かが作りあげた虚像ではないのか。911の事でもそうだし、崩壊後の旧ソ連邦の人達に出会ったときの印象も、あれ?俺はどんなイメージを植え付けられていたんだろう、とはっとさせられることが多いからだ。
Part2終盤でビトの誕生日に三々五々集まったコルレオーネ家の兄妹(1名他人)。親父の誕生日ケーキを前に他愛のない会話を交わす。
「日本人の野郎、こんな日に爆撃なんてしやがって」
「石油を止めたからかな」(トム)
...そう、良識あるアメリカ人はやっぱり知っていたんだ、真珠湾攻撃は決して「思わぬ不意打ち」なんかじゃなかったってことを。徹底した合理主義の彼らにとって原因がなければ結果は出ない。ただし、あそこまで甚大な被害がハワイという場所(米海軍の太平洋司令部の本丸)で本当に出るとは思わなかった、そしてそのときに一般市民が持った「サプライズ」感をときの政府は悪用した。それだけだったんじゃん、と確信させる一幕である。深読みしすぎ?
コッポラ先生万歳。
