金融庁の森信親長官といえば地銀再編ですが、本質的に、地銀に関心はないとおもいますよ。

 

 逆説的ですが、だからこそ地銀に対してあんな乱暴な扱いが出来るわけです。本当の意味の関心、業態への愛情があれば、もっと個別具体的に丁寧に話を進めます。

 

 そうでないからこそ、あそこまで十把一からげに、プッシュプッシュ倍プッシュで攻めていけるわけです。

 

 地銀に対する森路線というものを簡潔に言えば、「このまま行けば潰れるんだから、今のうちに自分の身の振り方を考えてください。金融庁に迷惑かけないでください」というところですよね。

 

 そもそも、森強硬路線といわれるものの出だしは、いわゆる、各地銀の将来性をマッピングした「森ペーパー」なんですが、これって別に、系統立って組織的に作られたものではありません。というか、そもそも金融庁が作ったものではありません。

 

 誰とは言いませんが、みんなが知っている例の元マッキンゼーのお友達と楽しく盛り上がってるうちに、「こんなん(個人的に)作っちゃいました」「やっちゃいなよ」みたいなノリで、個人的に作った資料を講演会で配っただけです。庁内のみんなはびっくりだよ。

 

 だいたい地銀再編に剛腕をふるう森路線なんて言いますが、マスコミも地銀も畑中龍太郎長官時代にも同じこと言っていませんでしたでしょうか?

 

 金融庁の路線はずっと変わってませんし、これからも変わらないでしょう。

 

 前の銀行2課長だった堀本善雄氏は、森長官が直接口説いてスカウトしてきた、みたいなことになっていますが、それも金融監督行政の連続性という視点を持って見るべきでしょう。

 

 堀本氏はプロモントリーという銀行向けのコンサル会社にいたんですが、ここに何くれと無く便宜を図るよう庁内に指示していたのは畑中元長官です。

 

 別に森長官になって路線変更があったわけではないですし、かりに森長官が退任して、後任として遠藤長官、あるいは氷見野長官が生まれてもそれは変わらないでしょう。言い方が変わるだけです。地銀の人だって、それは分かっているんでしょう?

 

 そもそも地銀が「再編します」と金融庁に報告に行くと、「で、それからどうするんですか」と厳しくつっこみが入る。「持ち株会社に二つの地銀がぶら下がって、そのままです。10年ぐらいかけて少しづつ経費を節減しようかと思います」なんて悠長なことを言うと、地銀に理解があるといわれる(ほんとかよ?)遠藤監督局長ですら、なんだか怒り出すわけです。「金融庁が求めているのは、そういうことじゃないから」と。

 

 たとえば都民銀行と八千代銀行と新銀行東京が経営統合したときも、ただ形だけくっつくだけで、くっつくことで「どういうメリットを生み出し、どのように経営体力や将来性を切り開いていくのか」というところについて全く説明がなく、金融庁が銀行側に「考えろ」と言っても、全くろくな案を考えてこない

 

 で、金融庁側が「まともな統合プランを考えてくるまで、経営統合は認めない」と、かなり激しくもめたのは記憶に新しいところです。

 

 合併して徹底的なコスト削減、効率化に取り組む、というのは一つの生き残り策であり、その意味で評価されますが、合併自体が目的ではないわけです。

 

 地銀の強みをあげろ、というと、一つには「県内各地に店舗網を張り巡らし、高齢者層の顧客をがっちりキャッチ」というのがあります。

 

 ところが某地銀曰く、「ネットバンクもATMも使えない高齢者は、いわゆる下流老人なので、お客としてはうまみがない」ということです。一方で、地銀がこれから開拓したい、高学歴の若年・ファミリー世代は「基本的にネットバンク+コンビニATMで用を済ます」と、わかっているわけです。

 

 つまり、地銀の武器であった県内店舗網というのは、顧客開拓の上ではあんまり役に立っていない。電電公社の公衆電話ボックスみたいなものですよ。地銀は何かしら、業態転換を考えていく必要があると言うことは否定できない、それは間違いなく。