一、天正二年三月、東大寺史実において、
織田信長は「蘭奢待」を切り取った。
天正二年(一五七四年)、信長は東大寺正倉院に伝わる名香「蘭奢待」を所望した。
天下第一の名香である。
信長は勅許を得て、塙直政と筒井順慶を
使者に立て、東大寺に申し入れた 。
切り取られた香片の一部は天皇に献上され、残りは信長が自ら所持したと伝わる。
「蘭奢待」という三文字には、
「東」「大」「寺」の字がそれぞれ隠れている。雅号である。
天下人がその名を欲しがったのは、香りのためだけではない。
その木には、足利義政や信長、そして明治天皇が刃を入れた箇所が、いまも切痕として残り、付箋が付けられている 。
信長が入れた刃も、そこに残っている。
本能寺の変で、信長の遺体は見つからなかった。だが、蘭奢待は焼けなかった。
それは、彼がその木を「切って、東大寺に残した」からである。
四百年後、この街の学者が、その木の香り成分と、木が生えていた年代を測り出した 。信長の時代には、来歴だけが証だった。いまは、木そのものが証になる。
信長はこの記事を板で読み、しばらく黙っていた。
「……わしの刃を、四百年後の者が測るのか」
それが、彼には妙に嬉しかった。
