炎の後にファミリーマート





天正十年六月二日、卯の刻まだ夜の色が残る空の下で、その音は始まった。
最初に響いたのは、鉄炮ではなかった。無数の足音だった。畳を踏むには重すぎ、野を駆けるには揃いすぎた、規律ある足音。三千とも一万三千とも言われる兵が、京都の四条堀川にあった寺域をぐるりと取り囲んでいた。

織田信長は、その音で目を覚ました。床の上で半身を起こした瞬間、彼はすべてを理解した。戦場で三十年、音を読むことだけは誰にも負けぬ男である。この足音は、夜襲のものでも、狼藉者のものでもない。
整えられた軍の音だ。

すなわち――裏切りである。

「小姓」

低く呼ぶと、闇の中からまだ声変わりも珍しい少年が這い寄ってきた。森乱。十七か十八の、信長が最も近くに置いた顔である。

「誰の仕業か」

乱は障子の外の喧噪に耳を澄ませ、
それから静かに答えた。

「明智の軍勢と見受けます」

信長はしばらく黙った。
怒鳴りもせず、笑いもせず、ただ天井を見ていた。光秀。あの、几帳面で、律儀すぎるほど律儀で、書院造の柱の細さまで気にする男。本能寺の能の翌日、細川藤孝どもと歌を詠み合うような顔をしていた男。

(あれが、やるか)
喉の奥で、なにかが音を立てて落ちていくのが分かった。天下は、目の前まで来ていた。毛利を討ち、西国の果てまで平定すれば、あとは海の向こうだけが残る。

その最後の一歩の手前で、足場が抜けた。信長は立ち上がり、刀を取った。そして、奇妙なほど落ち着いた声で言った。

「是非に及ばず」

良し悪しを論じる段階ではない。そういうことである。彼は生涯、この五文字だけは口にしないよう気をつけて生きてきた。口にした瞬間、それは「諦め」という名の敗北になるからだ。けれど最後に、この言葉は彼のものになった。これが史実に残る、織田信長の最期の言葉である 

弓を取り、二、三度射て、弦が切れた。
槍を取って幾人かを薙ぎ倒し、腕に矢傷を受けた。炎が回廊を這い始め、名物「蘭奢待」の香も、天下の地図も、同じ煙の匂いに溶けていく。

「殿、御殿の奥へ」

乱が袖を引いた。信長は少年の手を払い、静かに言った。

「乱。そなたは、生きよ」

「殿」

「聞け。わしは炎と共に死ぬ。だがな、死んだとて、わしの眼はどこかで覚める。借用したこの身を返して、また別の器に眠る。……そんな気がするのだ。戦の勘というやつだ」

そのとき、少年は笑ったように見えた。
燃える紙が舞う中で、彼はただ一度だけ、主君に向かって深く頭を下げた。阿弥陀寺の清玉上人が後年語ったという 。

やがて本堂が落ち、炎が空を舐めた。
天正十年六月二日、卯の刻のことである 。

旧本能寺は、堀川四条の近く、
寺域東西百五十メートル・南北三百メートルの地にあった 。
その場所に、いまはファミリーマートがある。少なくとも、彼が次に目を覚ましたときには、そうだった。