一週間後。
桐生庵のガラスに、貼り紙が出た。
衛生記録、検査結果、三代の写真、
そして一行。
『当店は、誹謗の投稿について、発信者情報開示請求の手続きを進めています。同時に、当店のすべてを公開します。ご来店のうえ、厨房をご覧ください』
信長の指示で、厨房はガラス張りになった。
七海の父は、最初こそ渋った。だが、初日の昼、常連の職人が厨房を覗き込み、こう言った。
「おう、綺麗じゃねえか。これなら安心だ」
その日の売上は、平常の七割まで戻った。投稿は、三日後にすべて消えた。書き手は、店に二年いた元従業員だった。給料の件で父と揉め、辞めた男である。開示請求の書類は、その男の元へ届いた 。
七海は事務所に来て、頭を下げた。
そして、光秀の名刺を、テーブルに置いた。
「この人、何なんですか」
信長は、茶を一口啜った。
「わしの、古い友だ」
「友だち……だったんですか」
「最も信じた男だった。 そして、最も裏切った男でもある。……七海どの。人は、その両方になれる。覚えておけ」
その夜 森乱が、茶を淹れ直した。
「殿。明智殿は、何を狙っているんですかね」
「わからぬ」
「では、なぜ放っておくのですか」
信長は、窓の外の灯りを見ていた。
「乱。あの夜、わしは『是非に及ばず』と言った。あれはな、考えるのをやめたという意味だ。本当は、考えるべきだった。あの男が、なぜ、あの朝を選んだのかを」
「……今から、ですか」
「今からだ。この街には、四百年分の時間がある。わしは、それを使う」
信長は立ち上がり、机の上の板を取った。板には、世界中の事件が流れている。詐欺、権利の争い、消えた人、燃える言葉。
「天下布武の続きは、ここだ。刀ではなく、公示で。」
外では、今夜も誰かが、名もなき言葉を投げている。信長は、その一つひとつを、読み始めた。
(第二話 了)
レギュラー人物
織田信長(所長):現代語と戦国語を混ぜて話す。今回、初めて「公示」という現代の武器を手にした。
森乱(調査員):天正十年の炎から生き延びた小姓。掲示板の文体分析を担う。
明智光秀(転生者・謎の相談者):名刺の裏に「人、その話を聞く」とだけ書く。善人か悪人かは未確定。信長とは「赦し」と「公示」で対立する。
桐生七海(第2話より):神田の蕎麦屋「桐生庵」の娘。以後、事務所の常連依頼人に。