森乱が集めた資料を、信長は畳に広げた。紙と、タブレットと、七海が持ってきたスクリーンショット。
「殿、掲示板の投稿、三つのアカウントから出ておりますが、文体が……」
「同じ者だ。ただし、一人ではない」
信長は指で一行を押さえた。
「見よ。この文は『らしいぞ』
で終わる。噂を装っておる。だがな、本当に噂を流す者は、もっと曖昧に書く。『保健所が入ったらしいぞ』――これは、入ったと確信しておる者の書き方だ。確信は、現場にいる者しか持てぬ」
「厨房の写真は?」
「それも同じ理屈だ。ネズミの話をしながら、写真には厨房しか写っておらぬ。写す必要のないものまで写しておる。 これは、店の中に入れる立場の者だ。客ではない。……客であれば、料理を写す」
七海が息を呑んだ。
「じゃあ、うちの中の……?」
「まだ言うな。わしはな、七海どの。かつて一万三千の兵に囲まれた。そのとき、わしを囲んだのは、わしの最も信じた男だった。裏切る者は、いちばん近くにいる。 だから最後まで、名を疑うことを避けてきた。だが、この街では違う。疑うことを、恥じるな」
彼は立ち上がり、窓の外を見た。神田の路地に、人の流れ。誰もが小さな板を手に、誰かの言葉を運んでいる。
「この街はな、楽市だ」
「……楽市?」
「わしがかつて、城下の市から税を取らず、座の独占を崩し、誰でも自由に商いをしてよいと公示した。あれは、自由という名の戦だった。関所を撤廃し、人と物を解き放てば、旧い権威は崩れる。だがな、七海どの。自由にした場所には、必ず、自由を笠に着た者が出る」
「……それが、あの投稿を書いた人、ですか」
「そうだ。わしはこの街の自由を否定せぬ。だが、嘘で人を殺す自由は、最初から存在せん。 それを教えてやる」