年の瀬に何を思う

忘年会だの年忘れだのそんなに忘れたいことが多いのか?そんなに嫌な事ばっかりか?

とか思うけど人間の持つ最強の能力はほっといても「忘れる事」だ

ストレスで死んでしまわないように人間にはこんな有り難い能力が標準装備されている(それでも死ぬ奴ぁ死ぬが)


痛い目に遭ったのにそれを忘れてまた同じ怪我をしてしまうデメリットもアリアリだけどきっとそれを差し引いても有効だと進化の過程で判断されてきたに違いない ウンウン

それに忘れたくない事はきっとバッチリ、チャッカリ、グルッと右脳にインプットされてる ハズ だよ ね  たぶん


というワケで今年はたくさんありがとう 来年もよろしくね4649!チャオ!チャオ!

PS 御餅あんまり食べ過ぎるなよ!



とか僕は相変わらずやっぱり言わない

まぁこの時期は世の中の区切りとして存在してるって認識してるだけだからなぁ と

可愛くない所を発揮してみたくなる

年越したって大して何も変わんねェよ 

「来年こそはアレを頑張るぞ」とか言ってる奴に限って同じような一年を費やすんだ せいぜい伝票の日付間違わないようにな ヒャヒャヒャ


....?

ヒャ




昔、大昔 女の子と初めて付き合った時、自分の行動や言動が相手に及ぼす影響に恐怖をおぼえた

本来あったその人の人生(僕に会わなかった人生)を自分の存在で多少なりとも変えてしまうのかと…この人にとってもっと幸せな道がもっとたくさんあるんじゃないかと…(まぁふられましたけど)




余談だけど

「ジョゼと虎と魚たち」という映画を観た時、その頃の事とかうっすら何となしに思い出されて嫌な気分になった

(心を開かせておいて後は一人で頑張れよっ か) 余談余談




世の中で起きてる刑事事件は金以外だと男女関係(怨恨)が原因の場合が多い

愛情は憎しみへと変わり易くて困る

僕の言ってる恐れとは違うけど人生へ及ぼす影響って意味では同じようなものかもしれない

恋は阿呆?魔法だから相手について人が何を言っても聞こえないんだよなぁ バーカ

付き合う前に自分に及ぼす影響について…とか 考えられない わな 




愛情の理想形は「片想い」だと思う

アベックじゃなくてカップルが片想い同士ならきっとすべて上手くいく

“自分が好きならそれでいい 相手が誰を好きでも構わない あの人が幸せならそれでいい”

もしそんな気持ちでいられたら「昨日合コン行ったでしょ〓」とか「誰にメールしてんだよ」とかいちいち言わなくて済む

なぜか行き着くのはお互いの所有だ




恋愛だけじゃなく人との関わりは影響の及ぼし合い

僕は人間関係に恐れることはなくなったけど深入りもあまりしなくなっていた




きっとそれも変わっていくんだろう




誰かの影響によって

人生の醍醐味「別れ」


生き続けてるといつか好きな人とのお別れがやってくる
死だったり、何となくだったり、実は勢いだけだったり、やむおえずだったり、何故か憎しみだったり…

そしてそれは多くの場合、辛く苦しい…


心の中にある「好きな人の場所」は大きくて広い
いつもの言い回しだけど“大きくて広い場所”を心の中で占めてる相手を好きと呼ぶのかもしれない

その存在の大きさは考え方やセンスやマイブームや何やかんやモロモロの基準にまで影響を与えさえする
そんな相手との別れ…


別れの後の心境を
“心にポッカリ穴があいた様”
なんて表現する事があるけど大きくて広い場所を占めてたもんがなくなったんだから穴が残って当然だ

僕の主観でしかないけどそのポッカリ穴は二度と埋まらないモノだと思う
例え新たな出会いがあったり、環境の変化があったりして小さくなる事はあってもきっと埋める事は出来ないと思う
残念ながら“どうでもいい人間”の代わりはいくらでもいるけど「好きな人」の代わりはいない 代わりがきくような相手ならそれだけのもんだったって事じゃないかと…

埋まらない心の穴と付き合いながら、折り合いをつけながら人生は進んで進んで、それに慣れて、また慣れて、慣れまくって、何とか慣れたふりが出来るくらいになって、更に時間が流れるのを待って、待ちまくって甘酸っぱい思い出になってました…チャンチャン そうこうしているうちにまたデッカイ穴が出来たりして追い討ちをかけられたりするけど、きっとそれにすらも慣れていくしかないんだろうと思う

その繰り返しの中で気付けば心は穴だらけでボッコボコで…って人を僕は好きになる傾向があるみたいだ(LOVEじゃなくてLIKEって意味ね)


悲しくても恐れる事はない か

強くならねば