昔やってたHPで「駅のホームに落ちた爺さんを助けました めでたし めでたし」
というつまらない話を書いた
それは善意からではなく 後からくるであろう「助けなかったぁ」という罪悪感が嫌だったから
というオチだった
A子は生きていたけど死んでいた
きっとA子のために己の人生すべてを捧げられて、受け止められて、導いてやれるような相手が現れない限り
もう こっち側には戻って来れないだろう
‘最近はいろんな男とヤリまくってますわ(笑)
昨日も**************
明日はおさわりナシの風俗の面接で***’
別に誰とヤリまくろうが、風俗で働こうが そんなの人の勝手だ
っつうかお前に客なんか付くかよ って感じだ
ただハッキリ感じたことは
A子は自分を傷付けたがっている ということ
そして実は救われたがっていた ということ
それを「見て見て私こんなバカぁー」
的に言っている
僕は少々ムカついて言いたい事を言うのだけど まるで一方通行で
何て言うか たぶんラリッていた
話していてヘドが出そうになったなったのは久しぶりだった
A子の話はまるで毒ガスだ
何だかだんだん見えない大きな「負」の流れ?みたいなモノに僕は自分を持っていかれないように...踏ん張っていた
「イジケ」もここまでくれば本物だ
本当なら引っ叩いてやりたかったけど
それをするには「愛」が必要だった
どこを探しても僕の中にくれてやる「愛」は微塵もない
最終的に「こいつとは関わりたくない」気持ちになった
それでも少しだけ後ろ髪を引かれる気になったのはやはり善意ではなく罪悪感だ
A子が落ちていくのを傍観する罪悪感...
どんな奇麗事をこれから綴っても
この事実は消えない
もう少し僕も自問する必要があるかもしれないけど...
その程度が今の僕の限界なんだろう