昔やってたHPで「駅のホームに落ちた爺さんを助けました めでたし めでたし」

というつまらない話を書いた

それは善意からではなく 後からくるであろう「助けなかったぁ」という罪悪感が嫌だったから

というオチだった



A子は生きていたけど死んでいた

きっとA子のために己の人生すべてを捧げられて、受け止められて、導いてやれるような相手が現れない限り

もう こっち側には戻って来れないだろう


‘最近はいろんな男とヤリまくってますわ(笑)

昨日も**************

明日はおさわりナシの風俗の面接で***’


別に誰とヤリまくろうが、風俗で働こうが そんなの人の勝手だ

っつうかお前に客なんか付くかよ って感じだ


ただハッキリ感じたことは

A子は自分を傷付けたがっている ということ

そして実は救われたがっていた ということ

それを「見て見て私こんなバカぁー」

的に言っている


僕は少々ムカついて言いたい事を言うのだけど まるで一方通行で

何て言うか たぶんラリッていた

話していてヘドが出そうになったなったのは久しぶりだった

A子の話はまるで毒ガスだ

何だかだんだん見えない大きな「負」の流れ?みたいなモノに僕は自分を持っていかれないように...踏ん張っていた

「イジケ」もここまでくれば本物だ

本当なら引っ叩いてやりたかったけど

それをするには「愛」が必要だった

どこを探しても僕の中にくれてやる「愛」は微塵もない

最終的に「こいつとは関わりたくない」気持ちになった 


それでも少しだけ後ろ髪を引かれる気になったのはやはり善意ではなく罪悪感だ

A子が落ちていくのを傍観する罪悪感...

どんな奇麗事をこれから綴っても

この事実は消えない


もう少し僕も自問する必要があるかもしれないけど...

その程度が今の僕の限界なんだろう


僕は占いの類、一切を信じないけど自分の目で見てきた統計上の血液型判断は大好きだ

まぁ比較的という意味でしかないけど…


僕はどうやら男女問わずB型の人と相性がいい というか僕の方で一方的に好きみたいだ
最近では話していて面白いと“B型?”と聞いてしまう程の取り付かれようだ
ちなみに僕の「嫌いな奴リスト2008最新版」に(不明な奴を除き)B型は一人もいない
一般的になぜか性格の悪い奴は「あいつゼッテーBだぜ」とか言われたりするけど
それもまたオイシイ
いかなる場合も僕が素で接する事が出来ると思い込んでしまうので事故に注意せねば…


相性の悪さを特に感じるのはO型だ
好きな人ももちろんたくさんいるので...極力ってことだけど...

直ぐ仲良くなって、直ぐ嫌いになる場合が多い 
争いを好まない?日和見な僕でもO型がバンドにいると必ずぶつかる(ちなみに今は凄く上手くいってます)
付き合いが深まる程嫌いになっていくパターンが多い 逆に言うと付き合いが浅ければ浅い程、良い関係を築ける 距離を保てば上手くいく とも言える
勝手な偏見を持って挑んでしまうのがO型さん
比較的ね 比較的…


僕を含めバンドをやってる奴にはA型が多い
日本人にはA型が一番多いのだから出会う確率が高いのは当然なんだろうけど…にしても多いと思う
気付くと全員A型バンドなんて事もよくある

自分がA型だから良くも悪くも“わかってしまう”
とんねるず石橋(A型)が強気でしゃべってる時、気持ちが分かる瞬間がある
攻撃によって守ってるなぁとか 基本は“強がり”
A型同士で話をすると安定感抜群だけど偏りを時々感じてしまう 
線を引いて
“ここから出てはいけません”と言われたら出ない
鳥かごの子羊 A型


AB型は統計をとる程人口がいない
と言うかどっちにしてもよくわからん
会社に7~8年見てる方がいるけど未だわからん


はっきり言って「お遊び」で その人の本質は全くわからない
ただそういう傾向を感じるのは確かでやっぱりそこには共通の何かがあるのだと思わずにはいられない

研究を続けます

夢を追いかけてる人は比較的貧乏が多いと思う
「金と時間と労力」(以後、財産三点セット)を未来に注ぎ込むせいだろう


僕は今、貧乏だけど…昔はもっと貧乏で!?しかも今より馬鹿だった 
ため?
「夢!夢!夢!」と自分に言い聞かせ 

それは“ハングリー”であるための条件だと思い込もうとしていた
まぁ馬鹿ですね


そんなこんなで貧乏から僕が得た教訓は
「夢を追いかけるなら貧乏過ぎてはいけない」
という事だ


“ハングリー”と言えば聞こえはいいけど…
=“腹が減っている”
空腹とは綺麗事じゃなくて現実的な痛みで、時に悲しみで、荒みで、惨めで、情けなさですらある
〔かなり余談だけど当時は米があれば五合炊き炊飯器で無理やり六合炊いて朝から空にしていた〕


“腹が減ってるのに明日食べるものがない”
“普通に金がない”
“貸してくれる友達もいない”
“今月の家賃も危ない”
“え!電気も!ガスも?”“水道はまだ大丈夫”
でも とりあえず
“今日も明日も日雇いの仕事の空きがない”

そんな状態でより自分を高めながら夢を追いかけるのは難しい
まず集中出来ない
そういうのは最低限の生活があってこそ成り立つのだと思い知ったのだった…


いわゆるハングリーでなくなるのは最低限以上のものを手にしてしまった時や
将来への不安がなくなった時だと思う
スターに祭り上げられて、CMで笑顔を見せて、巨額の金を手にしてしまったスポーツ選手の成績が落ちたり、格闘家が勝てなくなったりするのを見れば分かる(そうならない人ももちろんいるけどねん)


夢に限らず人はきっと未来に希望があれば生きていける
俺的理論第82章3行目
「明日デートならすでに今日から楽しい理論」

大学に入れたらしばらく遊べる
出世すれば金も名誉も思いのまま ニッヒッヒ

この試合に勝ったら 甲子園に出られたら 

たら れば たら れば

輝ける未来のためなら我慢も出来るし努力も出来る
それを“ハングリー”と呼ぶのだと思う

貧乏から抜け出そうとするエネルギーより 今より上へ行きたい力の方が体力面で勝る

経験的にそう言える
根性とか気合いは「最低限のモノ」があって初めて意味を持つ...

そうでなければただの破れかぶれとしか思えない

そんな結論

以上


<誰か様へ>
何かを望むなら財産三点セットをまず投資しなければならない
若ければ若い程、ムチャなバランスの投資出来る
残りの人生で一番若いのは「今」だから
今が一番の投資時だ
悩むのはいいけど迷う事ぁないんじゃん?

大きなお世話だけど…