決める | DIARY☆221

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221の内側と音楽の話。
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自分は優柔不断だ。元々。


大事なことも、
別に大事じゃないことも、
決められない。
選べない。


臆病者で、
ひとつひとつのことに慎重だ。



人に聞いたり、情報を集めたり。

頭の中をいろんなものが巡り巡って、
ようやく決定される。



それはそれでいい。
それもまた自分、個性だ。
ファミレスのメニューで何十分悩んだって、職場へのお土産で何十分悩んだっていい。コンビニのデザート売り場で何十分ウロウロしててもいい。


そんなことは、いくら悩んだって迷ったっていい。



迷ったり、悩めたりする選択肢なんて、
人生の大きくを左右しない。


本当に決めるべきものは、
導かれるように足を踏み入れ、
気付いたら腹をくくっていて、
それでいい。


それが、それを決めるときなんだ。


ゴタゴタと迷って、
どうしようどうしよう、なんて言ってるときに無理矢理選んでも、
自分は結局納得できない。


逆に言うと、
たとえ同じ選択肢が再び自分の元にやってきたとしても、ときと自分の状況が違えば、その分岐点の意味合いも大きく変わってくる。



人生は辿り着くべきところに、辿り着くべきときに必ず辿り着く。
そういうことを自分が求め続けていれば。

そう思う。


だからひとつひとつの選択に後悔が生まれても、クヨクヨしない。
今の自分に不正解だったように思える選択が、10年後の自分には正解となっていることだってあるんだ。


今の道は通るべくして通っているんだ。



まぁ、そういう決定の仕方が自分の中の1つ。



もうひとつは、信頼する他者からの推薦。

信頼する人からの、圧倒的な勧めは、それに賭けてみたくなる。
自分も見ていないようなルートを、絶対の自信をもって勧められる場合だ。


だいたいその場合は、後からその本当の意図が分かって、たしかに間違いない道だったと思わされる。




何にせよ、「自分で選ぶ」っていうことは大事だ。

自分の人生は、自分が選んで、決めて、捨てて、掴みにいくしかない。
優柔不断だろうが、それは同じ。


自分で選ぶというのは、誰のせいにもできなくなるし、抱えているものの責任も持つことにもなる。


だけどそれは、すごく、清々しい生き方だと思う。