自称・ミュージシャン | DIARY☆221

DIARY☆221

221の内側と音楽の話。
ホームページ→http://diary221.wix.com/221-watarutsutsui


ミュージシャンとかアーティストとかっていうのは、
どんなに落ちぶれても歌わなくても、
曲を作らなくても、
作れなくても、
ミュージシャンでなきゃいけない。


アーティストで、音楽家でなきゃいけない。

ミュージシャンでいたいと思うならば。




歌えなくなっても、
ミュージシャンはミュージシャンだ。




音楽の夢を目指し出しても、
他のことで自分の力が発揮できたことで、
生活面で音楽をやる必要がなくなって、
だんだん生活の比重がそっちになっていって、
そしていつしか音楽をやっていた時期もありましたが、
今はこちらで成功しました、、

というのも一つの人生かも知れない。



ただうちのボイトレの先生は、
まあ俺が言われたことではないけれど、

ボイトレの仲間で他の芽がにょきにょきし始めたときに、
君はミュージシャンだからちゃんとミュージシャンとしての探求は続けなきゃだめだよ、
みたいな言葉をかけていたらしい。


そうなんじゃよ。


いつなんどきも、
音楽をやっていない瞬間や、
できない期間にも、
自分はミュージシャンだ、音楽家だっていう誇りというか、志を忘れてはいけないし、
自覚し続けることが、自分をそういう方に引っ張っていけるんだと思う。


去勢や自己陶酔で自分はミュージシャンだーなんていう人もいる。




ここでいう自称ミュージシャンというのはちょっとニュアンスが違う。



いや、そういう自称ミュージシャンもいるのかもしれないし、
ありなのかもしれない。



でも自分の場合は自分を引っ張っていくために、
音楽をしていない時間も、音楽家であるということを自覚し続けるために、

自称ミュージシャンを語ることにしている。


ごまかさない。




俺はたぶん、音楽に関わっている時間は1日の中では少ない方だと思う。

自分でも不安になるくらいだと思う。




でもそんなときでも、
自分が自称ミュージシャンでいることで、
生活の全てが音楽に還元される。

ある種、全てが作曲の糧になっているといってもいい。


それはもはや歌を歌ってなくても、楽器を触ってなくても、
生活全体が音楽の一部とも言える。




だから、生活にもいろんな意味を見出すし、
より一層頑張れる。




今は人間の基礎を作りながら、音楽を続ける生活に慣れていく時期だ。



音楽自体をしている時間の少なさや、
制作量の少なさに焦りを感じるときもあるが、
ここで焦ってはいけない。


コツコツが大事。


いずれ嫌ってほど音楽漬けの生活を送ることになる。


それまでは忍耐だ。



5年後、10年後、20年後、目指すところを見ながら生きるのだ。





DIARY☆221


{AAEB1BB8-E890-4981-ABAB-368E5DAECACE:01}