ミュージシャンとかアーティストとかっていうのは、
どんなに落ちぶれても歌わなくても、
曲を作らなくても、
作れなくても、
ミュージシャンでなきゃいけない。
アーティストで、音楽家でなきゃいけない。
ミュージシャンでいたいと思うならば。
歌えなくなっても、
ミュージシャンはミュージシャンだ。
音楽の夢を目指し出しても、
他のことで自分の力が発揮できたことで、
生活面で音楽をやる必要がなくなって、
だんだん生活の比重がそっちになっていって、
そしていつしか音楽をやっていた時期もありましたが、
今はこちらで成功しました、、
というのも一つの人生かも知れない。
ただうちのボイトレの先生は、
まあ俺が言われたことではないけれど、
ボイトレの仲間で他の芽がにょきにょきし始めたときに、
君はミュージシャンだからちゃんとミュージシャンとしての探求は続けなきゃだめだよ、
みたいな言葉をかけていたらしい。
そうなんじゃよ。
いつなんどきも、
音楽をやっていない瞬間や、
できない期間にも、
自分はミュージシャンだ、音楽家だっていう誇りというか、志を忘れてはいけないし、
自覚し続けることが、自分をそういう方に引っ張っていけるんだと思う。
去勢や自己陶酔で自分はミュージシャンだーなんていう人もいる。
ここでいう自称ミュージシャンというのはちょっとニュアンスが違う。
いや、そういう自称ミュージシャンもいるのかもしれないし、
ありなのかもしれない。
でも自分の場合は自分を引っ張っていくために、
音楽をしていない時間も、音楽家であるということを自覚し続けるために、
自称ミュージシャンを語ることにしている。
ごまかさない。
俺はたぶん、音楽に関わっている時間は1日の中では少ない方だと思う。
自分でも不安になるくらいだと思う。
でもそんなときでも、
自分が自称ミュージシャンでいることで、
生活の全てが音楽に還元される。
ある種、全てが作曲の糧になっているといってもいい。
それはもはや歌を歌ってなくても、楽器を触ってなくても、
生活全体が音楽の一部とも言える。
だから、生活にもいろんな意味を見出すし、
より一層頑張れる。
今は人間の基礎を作りながら、音楽を続ける生活に慣れていく時期だ。
音楽自体をしている時間の少なさや、
制作量の少なさに焦りを感じるときもあるが、
ここで焦ってはいけない。
コツコツが大事。
いずれ嫌ってほど音楽漬けの生活を送ることになる。
それまでは忍耐だ。
5年後、10年後、20年後、目指すところを見ながら生きるのだ。
DIARY☆221
