30年という歳月を経て読み返す5通のメッセージ。これらを時系列で追うと、単なる「片思いの記録」ではなく、一人の20歳の女性が「依存」から脱却し、「自己確立」へと向かう成長物語のような軌跡が見えてくる。

 

【1通目】九州旅行のあとのハガキ(94年8月)

「お手紙を出そうかどうしようかと迷った」という一文は、控えめながら私への強い意識が感じられる。「ゴキちゃん」「ハンバーグ100個」という表現は、重くならないように気持ちを伝えようとする彼女なりの照れ隠しなのだろう。いま読めば好意の表明だとすぐ分かるが、当時21歳の私が1通目で気付いたかどうかは分からない。
 

【2通目】清里高原からの絵ハガキ(94年9月)
 「はぁい!元気ですか?」という明るい書き出しから、心の距離が縮まっていることが伺える。星空や料理の感動を私に一番に伝えたいという恋心。流れ星に願い事をするのを忘れたというくだりは、気づいてほしいというメッセージにも思える。
 

<この間に私に告白、振られる>

 

【3通目】 置き手紙とカリンの蜂蜜(95年1月)

「大好きな●●さん」。告白後だけに、ためらわず好意を示している。体調不良の私を気遣い、世話したい気持ち。「もっと人を頼って欲しい」という切実な願い。「俺は暇じゃないと反論されそう」という予防線には、私の反応を伺いこれ以上傷つくことへの恐れが見てとれる。ただ、振られたはずなのに、タメ口が混ざった文面は二人の間に何かがあるような親密な空気をまとっている。

 

【4通目】決別を告げる手紙(95年2月1日)

自ら恋の強制終了を宣言する一通。「もう会いません」という強い言葉で自分の衝動を抑えようとしていることが、「会うと決心が揺らぎそう」という前置きから分かる。フルネームでの署名には親密な関係を終わらせる決意が宿っている。

 

【5通目】ポストに投げ込まれた最後の手紙(95年2月3日)

わずか2日間の猛烈な自省を経て、彼女は「自分が重荷だったのは、自分が変わろうとしなかったからだ」という本質的な気づきを得る。「追いついて、追い越してみたい」「今までの関係を続けたいのではない」という宣言は、未練を完全に断ち切り、一人の人間として、いつか「選ばれるに値する自分」になろうとする気高さを感じた。

4通目で終わっていれば、それは単なる『失恋の悲劇』だった。しかし彼女は5通目を書いた。そこで彼女は、私を追いかける女の子から、自分の人生を切り拓く一人の女性へと脱皮したのだ。30年前の私がその驚異的な変化に気づけなかったのは、私自身がまだ、彼女のように自分と向き合う勇気を持っていなかったからだろう。

 

そして、彼女の手紙は5通では終わらなかった。