彼女の5通のなかで、今の私が最も胸が締め付けられたのは4通目だった。自分自身の経験から想像すると、彼女は泣きながら書いたのではないかと思う。
お別れに、ちゃんと会って気持ちを伝えたかったけど決心が揺らいでしまいそうなので手紙にしました。
最後までわがままばかり言ってごめんなさい。ほんとはもう私の方に気持ちが向いていないことは十分に分かっていました。
でも、それでも好きだったのです。
そのせいで、ずい分●●さんを困らせてしまいました。もう会いません。電話も手紙も出しません。もっと早くこうすべきだったのでしょうね。どうか許して下さい。
今までありがとう。短い間だったけど、とても楽しかった。
●●さんと一緒にいた時のこと、私は忘れません。
遠くから あなたの幸せを祈っています。
さよなら
●●●●(彼女のフルネーム)
最後までわがままばかり言ってごめんなさい。
そのせいで、ずい分●●さんを困らせてしまいました。
どうか許して下さい。
人を好きになることは何も悪くないのに、迷惑をかけたとひたすら謝っている。
彼女にこんなことまで言わせていたのかと思うと、当時の自分の未熟さに愕然とする。
当時21歳の私は交際相手がおり、そのことは彼女を含め友人らには周知だった。2通目のあとに告白された際、その相手の存在を理由に私は断った。私にとっては、初めて「女性から告白され」かつ「相手を振る」経験だった。彼女の思いが真剣であることや思い詰めている様子は未熟者なりに理解していたので、その好意を受け取らなかったことを私は「負い目」に感じた。
好意を引きずっている彼女を、心を鬼にして遠ざけることができなかった。「電話も手紙も出しません。もっと早くこうすべきだったのでしょうね」とある通り、その後も彼女とはキャンパスで日常的な接点があり電話も時々かかってきたが、私は以前と同じように接した。もともと仲は良かったので、二人で食事や彼女の部屋に行くことさえあった。男女の関係こそなかったが、振ったはずの女性と会う後ろめたい時間に、すでに惰性に陥りつつあった交際相手にはない新鮮さや刺激を求めていたことも私は白状しなければならない。
この時の私は、まだ失恋も破局も経験がなかった。好意を抱く相手に中途半端な優しさを与える行為がどれだけ残酷なことか、分かっていなかった。かといってマンネリ化した交際関係をどう終わらせればいいかも分からず、一見誰も傷つけない「いい顔」をした。このとき私は、40~50人が所属する文化系サークルの部長だった。もしサークル内で彼女を「乗り換える」ようなことをすれば周囲からどう見られるか。自分の心に正直に動くことより、リーダーとしての立場を損なうことを恐れていたのだ。
私の保身的な振る舞いによって、彼女がわずかでも期待を持ち続けたことは間違いない。実際に、「カリンの蜂蜜」の3通目は告白から数か月後のことだ。この4通目の「短い間だったけど、とても楽しかった」「一緒にいた時のこと、私は忘れません」というくだりからは、単に告白して振られた関係性にとどまらない「二人の時間」があったことを伺わせる。
私は彼女の未練に甘え、必要以上に傷つけた。その傷口は、「ほんとはもう私の方に気持ちが向いていないことは十分に分かっていました」という部分に痛々しく露わになっている。ひたすら許しを請う彼女の肉筆を見るといたたまれない。謝るべきは彼女ではなく、彼女の覚悟に正面から向き合えなかった私の方なのだ。
でも、それでも好きだったのです。
最も美しく、心に刺さった言葉である。これほどまでに刺さるのは、彼女が「自分の非」をすべて認めながらも、自分の「好き」という感情だけは否定しなかったからだ。 彼女は「あなたが私を愛してくれない」と決して責めない。「愛してくれないあなたを、それでも愛してしまった私を許してほしい」と請うている。 これは、相手に何かを要求する「エゴ」ではなく、自分の身を削って相手に捧げる「祈り」に近い。
二十歳の失恋といえば、感情が爆発して相手を責めるか、あるいは悲劇のヒロインに浸るのが一般的だろう。しかし彼女の手紙にはそれがない。私もその後の人生で苦しい失恋を経験したが、このような潔い心境になるのは相手への思いが強ければ強いほど容易ではなかった。二十歳でこの境地に到達していた彼女の強靭な精神に、今になって驚嘆する。
失恋経験すらなかった当時の私は、自分に向かって投げられた剥き出しの巨大な熱量をどう扱っていいか分からなかった。それに真正面から向き合う高い精神性も、深い言葉も持ち合わせていなかった。「もう振ったんだから、これ以上言うことはない」「返事を書くと逆に彼女に期待させる」などという自己正当化でやり過ごす他なかったのではないか。
後年、私は別の恋で、かつての彼女と同じ場所――己の未練にのたうち回るような、暗い淵に立った。その時、ようやく知った。あの時、彼女がどれほどの絶望の中で、あの端正な文章を紡ぎ出したのかを。
自分の痛みを分かって初めて、かつての自分の残酷さが鏡のように映し出される。私は、彼女の知性と誠実さに、何年も経ってようやく追いついたのだ。