1996年初め、私は1年間の海外留学を終えて帰国した。大学に復学し、就職活動と最終年の学生生活に突入した。
 

私と彼女は一つずつ年を取って22歳と21歳になった。また、それだけではない変化があった。

 

私は留学中に、交際相手との2年半余りの関係に終止符を打った。留学先で苦しい恋に落ち、告白して振られたものの、すでに冷めていた交際相手に心が戻ることはなかった。国際電話で別れを告げる勇気がなく、手紙を書いて送った。何もかもぶちまけて楽になることしか考えられなかった私は、愚かにも留学前に彼女に告白されていた事実まで手紙に書いた。

 

そして彼女には、同学年で同じサークルの彼氏ができていた。

 

帰国して3か月経ったころ、彼女から手紙が届いた。

 

<封書>1996年4月30日

お手紙ありがとう。

 

私は、もう何も言わないつもりでいました。私にとってこの1年は、●●さんのことを過去のことにするには十分すぎる月日でした。

本当にあったことだったのかと、思うこともありました。再会した日、とても遠い存在に思えて、近寄ることができませんでした。でもそれは、自分の気持ちがまだその時のまま止まっていることを思い知ることになったのです。

 

●●さんが留学する前、私を避けているのが感じられました。本当の気持ちを言ってくれないのは、それが答えなのだ、と思い込もうとしました。でも、ありのままを受け止めるのがこわくて、ほんの少しでも望みがあるのなら、それを信じていたい、なんて考えて・・・

結果的に、自分の気持ちを一方的に押しつけることしかできなかった。そんな自分をはずかしく思います。

 

私には、留学という物理的な距離ができて良かった。そうでなければ、いつまでもひとりよがりなことを続けていたでしょう。

離れてみて、やはり●●さんにとっては迷惑でしかなかったんだと痛感しました。それで、いろんな事が見えてきたのです。

●●さんに避けられていた当時はとてもつらかったけど、それが●●さんの優しさだったのだと。私の存在をきっぱりとなくし、望みはないことを分からせてくれたことで、今の自分があるのだし・・・

私は、日常のすべてが●●さんだった。自分で周りを見ようとしていなかったと思う。1人で生きなきゃと考え、1人の人間として●●さんを見られるようになるまでは、手紙も電話もできなかった。してはいけないと思った。

だから今こうして、まっさらな気持ちで向き合っていることが、これからの始まりかもしれない。

 

でも正直言って、△△先輩(私の元交際相手)への手紙の件を知った時はすごく動揺しました。まあ、いろんな誤解は解けましたが。でもこの一件で、私は自分が今までどんなにひどいことをしてきたのか、どんなに人を傷つけたかを知りました。結局、『自分に正直に』なんて、傲慢でしかなかった。愚かだった。多くの人の信頼を裏切り、△△さんも●●さんも私も傷ついて、残ったのは「もう二度としてはならない」という気持ちでした。●●さんも同じように思っていてくれるみたいで、それが唯一の救いです。忘れてはならない、この痛みも、つらさも、いろんな気持ちも。

 

だから、●●さんと再会して、何もなかったようには振る舞えなかった。けじめを付けたかったのは私も同じです。でも私には言い出すことができなかった。やはり過ぎ去ったことだと思うこともできたから。自分だけがこだわっているのかもしれないし。

 

でもね、□□寮(当時私が住んでいた寮)で●●さんが「真剣だった」と言ってくれてすごく嬉しかった。一番聞きたかった、そしてずっと待っていた言葉だったのでしょう。いろいろあったけど、これでよかった。少なくとも真剣に考えて出した答えなら、後悔することはない。しなくてもいいんだと思えるようになりました。過去にこだわっていた自分に、ようやくサヨナラできたのです。

ただ、●●さんも手紙くれるほど気になっていたとは思いもよらなかったので、私の方からは何も言いませんでした。

でもやはり、私の言葉が足りなかったことに気付いて、この手紙を書こうと思ったのです。

 

・・・でも結局何が言いたいのか、私にも分からないナァ。はっきりしてるのは、自分が選択したことは、自分で責任をとりたい。自分の人生だから、誰かのせいにはしたくない。それだけです。それから、いいかげんな付き合いはまっぴらだということも。

こうして話せて、良かったと思います。思い出はあるけれど、これからの新しい可能性の方にも興味があります。
●●さんが私をひとりの友人として見ようとしてくれてることを嬉しく思います。きっとなれますよ!

 

就職活動、大変でしょうが、がんばってください。

学校で会えるでしょう。

 

ではまた

 

4月30日 〇〇〇〇(彼女のフルネーム)