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2023年10月 肝転移ありの大腸がんステージⅣと診断
2023年11月 抗がん剤治療(XELOX療法)開始
(現在21サイクル目)
2024年1月 腸閉塞回避のためストーマ設置
2024年3月 XELOXに加えアバスチン投与開始
2024年夏 北米から日本に帰国。それに伴い転院
2024年9月 頭蓋骨転移発覚
2024年10月 頭部放射線治療終了
2024年12月 XELOX療法からIRIS療法へ変更
2025年1月 イリノテカンのみへ変更


体調の波はあるけど、 今のところだいたいとても元気に、
ほぼ以前通りの日常を送っています。
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前回に引き続き、年明けからの血液関係トラブルその②。


■貧血
19サイクル目のキモセラピー実施日。前々回のブログでも書いた通り、肝臓の値はどれもかなり改善されていた。

ただ、血小板値に関しては微減だったのだが、今度はヘモグロビン値が急激に下がり、先生が輸血が必要なレベルの目安だと仰った7.0を下回る6.9(基準値は11.6〜14.8)。

今日はキモセラピーを延期して、輸血しますか、と提案される。

私は、確かに家でも駅でも階段を一気に上がれなかったな、時々視界が白っぽくなったな、くらいしか自覚症状がなかったので、できればキモセラピーを決行してもらいたく、そう伝えたら先生も理解してくださり、では今日はキモセラピーをして、来週月曜に血液検査をしてその結果を見て輸血しましょう、と言ってくださった。

ただ、月曜日までの間に貧血で倒れるようなことがあったら迷わずERに行って輸血してもらうように、とのことだった。
そこまで酷い状態だったことに驚いたが、多分知らなかっただけで今までも(病気以前からも)貧血のことが多々あったのだと思う。その時自覚していたような貧血の症状は、今までも珍しいことではなかったから。

でも、それよりも前回の血圧低下のほうが、とにかく起き上がれなかったりして実質的には大変だった。

最近は血圧も90を余裕で超え安定している。
低血圧と貧血は全く別物なのだ。

因みに私は血管が細く、なかなか針を刺すポイントが見つからないそう。右腕は左腕よりマシだそうなので、点滴は右腕から入れてもらうことにしているが、採血をする腕は別にしたほうが良いとのことで、左腕を温めたりしながら毎回必死に探してもらっていた。


しかし数回前にナースの方が良いポイントを見つけたとのこと。それが、腕の外側だった。
従って、最近採血の際は、毎回こんな格好に。

 




■輸血
翌週の血液検査。ヘモグロビン値は更に下がって6.6だったので、輸血をすることに。初めてだと言うと、200mlを普通の倍の時間をかけて入れてくれることになった。
最初はナースの方が横についていて、アレルギー反応が出た場合に備えてくれたが、あとは一人でのんびり過ごし、何事もなく終了。

先生は、もしかしたら帰り道で既に輸血の効果を実感するかもしれませんよ、と仰っていたが、特に元気になった気はせず、また初めての経験なので終わってからもなんとなく気分が落ち着かず、タクシーで帰宅した。

調剤薬局に寄る必要がなかったので、タクシー乗り場のある病院から直接帰れたからという理由もある。

翌日には一気に階段を上がる(駆け上がる?)ことも出来、動悸もなくなった。輸血の効果、素晴らしい!

因みに私自身は、献血をしたことは一度しか無い。高校生の時に16歳になった記念にしたのが最初で最後。その後は(低血圧か貧血を理由に)献血を断られたからだ。献血をしてくれている方々に感謝。

私の代わりに長男にどんどん行かせよう。


余談
手の痺れや痒み・乾燥がほぼ無くなり、保湿剤をつけ続ける必要がなくなったので、一年以上必須だったゴム手袋と縁が切れた!
更に、足の裏の痺れや痛みも無くなってきたので、ブーツが履けるようになった!(今までは、柔らかい布と柔らかいゴムだけで出来たフワフワの靴を履いていた。)
また、最近ウィッグにしたことで、ヘアバンドや帽子をかぶる必要もなくなり、見た目がどんどん病気以前のようになってきて、これだけでも気持ちが明るくなる。

本当に嬉しい。


♫  おまけの写真コーナー  ♫


アメリカの小学校での課題「フラット・スタンレー プロジェクト」。児童がそれぞれ作った紙製のスタンレー君を、遠くの祖父母や親戚、友達の家に郵便で送り、そこでスタンレー君と撮った写真と共に送り返してもらうというもの。

米国内の州に混じって、スペイン、香港、デンマーク、エジプト、バーレーン、とやはり移民国家。次男は日本にいる私の両親に頼みました。

(日本での写真は載せづらいものが多いので、アメリカでの写真で失礼します。)