「飲み込んでくれないです。」
疲れ果てた妻が言います。
「喉の奥に入っていかないんですよ。」
悲しそうに彼も言います。
確かに
ご飯が口の中にいつまでも残って、身体の中に入っていきません。
間質性肺炎の増悪で入院し、
なんとか病気の進行を止めることはできましたが
ここからが大変なのです。
ベッドの上で過ごした時間が長いために
体中の筋肉が思い通りに動いてくれません。
やっと『食べて良いですよ』、と許可をもらっても
嬉しい気持ちとは裏腹に
『食べたくても喉を通らない』という現実と向き合うことになってしまいます。
「せっかく良くなってきたのに、今日はついに何も奥に入っていかないみたい」
妻に悲しまれても彼にはどうしようもできないのです。
スタッフからも
「食介しても甲斐がないです。」と嘆かわしい声を聞き
これは大変、と主治医自ら食事介助に出向きました。
冒頭通り、
確かに、です。
「食事するの、少しおいておきましょうか。
とっておきの方法があるんです。」
彼にお願いして、
私のまねをしてくださいね、と伝えました。
「口を大きく開けて舌を出し、べ-。
口の右横に出して、べー。
左横に、べー。
鼻の頭をなめるように上に上げて、べー。」
「上手上手。もう一回。」
とお願いしながら3回ほど繰り返した後、
さっきのご飯、もう一回、口に入れてみましょうか?とお願いしました。
「あれ?あれ?」
上手く飲み込めました。
「たったこれだけで?・・・魔法、ですか?」
いやいや。普通の訓練法です。
とっておきの魔法は、実はこんな簡単なことなんです。