交差点には凜としたケヤキの木が一本、そびえ立っています。

この季節、透き通った若葉はどんどん青く大きく繁り、

信号のまちの間、ちょっとした雨なら濡れることもありません。

まるで守ってもらっているかのようです。

 

私はこの木に『上本町の大王』と名付けました。

交差点から続く道りの木々は全てケヤキで揃っています。

同じ時期に植えられたにもかかわらず彼は上本町を代表するにふさわしい立派な若木でした。

 

そして、その通りを山のほうに向かって歩くと今度は

うっとりするほど立ち姿の美しい樹がありました。

『優美な貴婦人』です。

あまりの美しさに立ち止まっては見とれる毎日でしたが

あるとき、子供達が

「ママ、泣いちゃダメ。優美な貴婦人が切られた。」というのです。

越冬のために美しい枝は無残にも切られたのでした。

あまりのことに子供達の心配通りに悲しんだのですが

切られた後でもその立ち姿は美しく貴婦人のプライドが感じられ

悲しむのをやめ、そんな樹心をわかっていると誇りに思うことにしたのでした。

そして

2本の樹が植わっている通りの向かいには『美しい木々のトンネル』があり、

この通りのケヤキの木々は

歩いているだけで私たちに何かしらの良い気を注いでくれていると感じます。

 

さて。

私の患者さん達はそれぞれに重い病気と闘っています。

体調には良いとき悪いとき、波があるのです。

 

あるとき悪い波に入ってしまった患者さんを元気づけようと

『上本町の大王』の堂々とした姿を写真に撮り、A4サイズに印刷して

私の大好きな木を見せてあげる、と自慢したのでした。

 

「交差点にそんな大きな木があるなんて知らなかった」

 

彼は私の(木に名前をつけるという)遊び心に合わせてくれて、その後たびたび

「今日の上本町の大王はどう?」と聞いてくれるようになりました。

 

彼は絵を書くのが好きなんだと話してくれました。

 

入院中もスケッチブックを手に「ちょっと描いてくるよ」といってでかけるようになりました。

スケッチブック一冊を描き上げ、私にくれた彼。

彼の病状の波は次第に穏やかになっていきました。

 

私の大好きな『上本町の大王』。

写真からも良いパワーが溢れていたのかもしれません。