前回より続き)

看護師国家試験受験に必要な修了課程を履修すべく専門学校に独学・実力で入試をパスした私の2008年の史記である。

自分の学力には自信があり、正直ロック・バンドをやりながらチャラチャラやっていた。

しかし猫を噛む窮鼠のように後がない既卒社会人経験生や、雑草根性を持った高卒現役生は要領が良く柔らかい頭で、こちらも焦るほどの張り合いを見せてくれた。

ペーパーテストはギリギリ負けなかったが、実習レポートなど不眠でこなせる若さと体力に、素直に負けを認めてしまった。

そしてそんな人間関係の中、「はけ口」というスケープゴートが作られる…

つまり全員でターゲットを暗黙に生み出し、踏み台にし、安心するような風潮もあった。

真面目な生徒すら、ターゲットにされた者は「悪い見本」としてしまう。


本当に、いじめというものは世の中から無くならないのか…

教員も教員で、一部それを利用していた。

結束と向上で、良い統率がとれるなら、少しの犠牲はやむを得ない?

さぞかしラクだろう…


が、そういうやり方は元・教員志望として、大っ嫌いだった!

クズのような組織指導法。

もちろん誰もがスケープゴートになるまいと思っていた。

私は…

他の誰かにそんなクソみたいな役回りが回る位だったら…

私が全部受け止めてやる!


オラ、こいよ!

めんどくせぇけど、目の前でそんなもん見るのもイヤなんだよ。

んな、つまんない事に構ってられねぇよ。


間違いを恐れず、空気を読まず…
ハナからそのつもりさ。


〜そんな態度で
病院の臨地実習に臨んだ。

…案の定一部の教員と指導者看護師に目をつけられ、まさに「リンチ実習」

私の全ての態度や行動が、他の生徒にプラスになるように…マイナスに誘導作用されるような地獄のようなクールだった。

さらに単位取得をダシに屈辱的な追加レポートを余儀なくされた。


…この程度で…

腐ってたまるかよ。


腐ってるのはお前らだろ?

生徒も生徒だ。

要領よく行儀よく、そのためだったら人を踏み台にしていいのか?

教師や実習指導者に綺麗事ばっかり言って影では愚痴や否定的なウミを出し、ストレス撒き散らす、スカスカな時間と結果だけが欲しいのか?

冗談じゃない。



とまぁ、、私の学生感覚は厨二まで遡り、
現実や真実に直前してはいちいちダメージくらっていた日々だった。


いっぽう

サポートメンバーとして加入した「S」と言うバンドでもビジュアル系の界隈のバンドの裏事情や、象徴する時代の暗さ、男女の本能や欲望の汚さ…わかってはいたが、自分の夢への年齢制限とともに、さらに絶望とストレスとなり、常にモヤモヤしたものを抱えていた。

まだ、ツンデレ・小悪魔系くらいがトレンドワードの時代。
メンヘラ・地雷系などは、とっくに既に存在はしていた。

歌舞伎町にあるホリデーというライブハウスにも何度か出演したが、トー横・ホス狂いなども似たようなものは例外では無くいたと思う。

ゴスロリ・パンクもいたが、キャバ嬢と容姿が変わらないバンギャが多かった。

CHANELやLVをまとい、何かライト・メンソールを吸い、推しのバンド演奏に合わせてヘドバン、謎の合いの手や奇声を発し共にステージを作り上げていく。。

予定調和のメンバー紹介セッション・タイムでは、ボーカルはまるでドンペリ入れた客にコールするホストの如く、お客様をアゲアゲAGEHAときたもんだ。


ハッキリ言って純粋に演奏と曲を聴くためとか、「この世界観のバンドが好き〜」とした意図で来てる客は、多分いなかった。

私見だが、ヴィジュアル系アンダーグラウンド・シーンは、精神病んだ「かまってちゃん女子」たちにとって、適当な時間潰しの「ボーイズ・バー」といった位置だったように思える。

彼女らはロックのロの字も知らないだろうし、メジャーな推しもおそらくいないだろう。

どこで作った金だか分からないが、自分を着飾り、癒し場所であるライブハウスの売り上げに貢献し、そしてshowもない量産型のオカマの百均レベルのグッズやチェキにボッタクリ価格でも群がり投げ銭…そして繋がることによって心が満たされているというビジネス・モデルだった。


Kが私をスカウトした言葉がよぎる…

「このヴィジュアル系シーンでロックンロールで勝負する」

いや〜

…不安でしかなかった。


基本的にSと言うバンドはリーダー・Kのワンマン・バンドで、それぞれのメンバーはおとなしく、主張や個性は、なくはなかったが、皆性格は暗くいわゆるコミュ症だった。

サウンドはシンプルでパンキッシュさと危なっかしさが売りの「S」だったために、曲もキャラクターも全体的なカラーもあまり「華やか」な部類ではなかった。
いわゆる「カワイイ」「メルヘン」など中性・中世的要素が無く、硬派で近づき難い雰囲気だった。

それでもロシアンルーレットの頃よりは、オーディアンスの反応や盛り上がりは良かったのは事実。


そしてたまにKのツテで出会えるレジェンド級のバンドの人物と会えることで、単純な私はモチベーションが上がった。

「…イケるんじゃない!?」と。


以下自慢話。

目黒鹿鳴館ではSはワンマン・ライブを敢行した。ゲスト・ボーカルはデッド・ポップスターズの愛生氏。因みにかまいたちのケンちゃんとはツアー帰りに山岡家でラーメンを食べたこともある。

対バンでは、元バイ・セクシャルのリョウさんやデンさん、レディース・ルームのジョージさん、トーキョー・ヤンキース、、一瞬でも絡めて大感激、嬉しかった。


極め付けは

元ZIGGYのドラマー大山さん!!

なんとライブ後、大塚の居酒屋でお話しできると言う機会もあった。


そしてGDフリッカーズ!

高3の頃中古CD屋で「何このハノイ・ロックスみたいなバンド、カッケー!!」
と、宝物を掘り出したように喜び、ZIGGYとともに憧れていた。


こればかりは「S」をやってて良かった!

リーダーのKに感謝だ。


…しかしSと言うバンドは基本全員貧乏、お金にルーズだった。

サポートメンバーの私がツアーのガソリン代や雑費を肩代わりしたこともある。

その辺はいくら恩情があっても、信頼関係に響かざるを得ない。

返せばいいという話ではないのだ…

特にKは女癖も悪かった。

しかしまだ彼はギリギリ許容範囲。
誰かを陥れたり、裏切ったり、バンドのメンバーの彼女をどうこうと言う事はしなかった。まぁ当たり前だ…

Kよりタチが悪いのも、もちろん周りで結構いた。

メンバーが動員した客に絡みに行き、横取りしようとする奴。
出番が終わるとサッサとしけこみに行く奴…
音楽的努力以外でどれだけ女とやる事に情熱を注いでる。。

何のトラウマか野望か知らないが、、

女のケツばかり追っかけまくってのし上がったとこで何処にイキつくのやら…


私は専門学校の元バンド・マンがそんなヴィジュアル系シーンに見切りをつけたことと、いい歳こいても性欲ってのは収まらない理由というものがわかった気がした。


私も結局、黄色い声援がほしくて、認められたかった。。

冷めて否定してるだけでは、そいつら以下だ!

だから、やはり自分自身を、ヴィジュアルだけじゃない、もっと中身を豊かにさせないと。。

いろんなライブに行った。

中島卓偉氏、バクチク、彼女が好きだったシドは武道館まで。

そしてちょうどVフェスなるものも初催された時期でペニシリン、ラクリマ・クリスティ、セックス・マシンガンズ…青春だ!
元…マリス、ファナティック、ピエロや
西川貴教氏やDAIGO氏のバンドも観れてお得だった。

そこでSのツアーで知り合った地方の女性とmixiで連絡を取り合い、池袋で火遊びをしてしまった。

ABCのデビュー・ゲリラも、代々木公園まで、のちに結婚する女性と観に行った。


…当時の彼女に?

もちろん黙って。


あれ、結局私も、女好きではないか?

あれ、Sにいて、良かったではないか?