やはり、私の大学時代にこのアーティストについて語ることは避けて通れない。
(聡明で稀有な当ブログの継続読者諸君には再びデロリアンに乗車していただくことをお許し願いたい)
〜2002年末1人の女性に失恋した。。
この時点で私の女性経験はミカと歩だけだったが、2人とも「付き合った」わけでは無かった。
強がりでもなんでもなく、私は基本的に彼女よりバンド活動を優先しており、彼女というアイテムは別に欲しくは無かった。
普段から「あの子可愛い」「どうにかなりたい」というのも若いから多少はあったが、告白までしてしまう位その先輩に魅力があったが故に、フラれた傷心を数ヶ月は引き摺った。
ここで定義したいのは、「彼女」という存在はただでさえ貧乏な大学生にとってはランニング・コストが高くつく、ということ。
節目節目に記念日だイベントだでディズニー・ランドなんか行ったが最後、容易く1か月分のバイト代程度ならゴッソリいかれる。
髪に服、携帯にバンド…それらにまともに回る事なく無情に「2人の関係の維持」のために費される。
そんな友人や先輩後輩はザラといた。
ならば精神的に寂しいが、いなければいないで、周りの評判やステータスなどを気にしなければ、独り身の方がかえって気楽で自由なのだ。
なにより自分のための可処分所得も増える。
しかし、浮いた話ひとつ無いと、会話のネタにも困ることもあるし、何より自分自身がつまらない奴なのかもしれないと疑うこともある。。
振られた理由は、男として未熟だし彼女にとって魅力的じゃなかったからだ。
私は歩などと、ただれたエピソードもあるくせに恋に臆病だったので、キケンな匂いも漂わせてはいなかった。
要はやはり、ドラムが上手いだけの後輩君だったわけだ。
当時まだ、「ラリア」のようなショット・バーも知らなかったし、スロットなどギャンブルに興味も無いので、結局夜勤メインのバイトで稼いだ小遣いはCDやライブに費やすしかなかった。
その頃、地元のTSUTAYAにポップで取り上げられていた1人のミュージシャンに、まず見た目で惹かれた。
ハッキリ言ってチャラいホスト。
当時、「カッコつけてる奴ってむしろダサい」という風潮があった。
ヴィジュアル系なんぞ下火も下火…
更にソロ・ロック・アーティストは竹下DAIGOのように「奇をてらってナンボ」だったので、そのシンプルなソフト・ヴィジュアル系感は中途半端感が否めなかった。
ミニアルバム2000円程だったし
ジャケ買い…
当たった!
アルバム全曲捨て曲なし!
その名は「TAKUI」と言った。
後につんく氏の右腕。モーニング娘。などのアイドル・グループに曲を提供する才能あふれたロック・ミュージシャン…
本名「中島卓偉」
その人だ。
のちにそのスタイルの根源は、幼少期に聴いていたThe Beatles、その媚びない眼差しと振る舞いはセックス・ピストルズ、オアシスの影響と判明する。
そして…まさかのZIGGY!
シンガーとして森重樹一氏に最大級のリスペクトを払っていた!
歌、歌詞、メロディ…
音源を聴いて一発で分かった。
また西川貴教、ジャンヌダルク、シャムシェイド…その辺のエッセンスも感じた。
それから私は、失恋と引き換えに出会ったこの衝撃と魅力に取り憑かれ、卓偉氏の虜となる。
彼のアルバム・ジャケットに憧れて、銀色のテレキャスター・ギターを御茶ノ水で購入した。
生まれて初めてローンを組んだ!
フェンダーのオリジナル・モデル。
完全に見た目重視。
なんとなく彼の曲を耳コピーしたり、ただウットリ眺めるだけで、満足。
すかんちと時と一緒で、鏡の前で音流して…
なりきっていた。
残念ながらギター・テクニックや作曲の力を磨こうとはならなかった。
それは、ちょうど一緒にズーム社の「世界一小さいMTR」と謳われた機材を購入し、弄りまくってたという理由もある。
2トラック+リズム・シーケンス、記憶媒体は当時最先端マイクロSD!
なんとポケット・サイズ!!
卓偉氏の曲で試験的にオケ・トラックを作り、サークルのイベントライブで披露した。
ギター&ボーカルの私が1人でステージにあがり、左右のメイン・スピーカーから流れるバック演奏に合わせ、更に私が予めプログラム録音したコーラスがかかる!
「I wanna be your ma~~n♪
(I wanna be your ma ~~n!)」
大ウケ!!
…いろいろと時代を先取りしてしまった。
今も彼のほとんどのアルバムは保管してある。
お金に困っても売ることはしなかった。
他に吉川晃司とジョン・ボン・ジョヴィ…
この3名はだいたいコンプしてる。
〜前章でのネオ・ロカビリー・バンドが終わった後に話は戻る。
2004年、再びソロ音楽活動への関心が膨らんだ。
「もう誰かと仲良く音楽をやるなんて事は私にはもう不可能。やるなら1人、つまりソロ名義で活動すれば誰とも揉めることなく責任は全て負うが、イニシアチブを取れる。
その知識と経験、自信はなんとなく掴んだ。
よし、中島卓偉のようになろう」
と思った。
理想としては、吉川晃司氏より近かった。
パンクやストレートなロックと拭い切れないヴィジュアル系感。何よりバック・ボーンにZIGGYがあったからだ。
ほか、男性ソロ・ロック・アーティストを意識的に聴くようになった。
例えば氷室京介、GACKT、イエロー・モンキーの吉井和哉、清春、hide…(敬称略)
とりあえずバンドからソロになったミュージシャンの作品と言うもの掘った。
どれも世界観は在籍バンド以上に濃かった気がする。吉井和哉氏など、1stにして頂点なのではないか。
そもそも各方バンド自体が名実共に素晴らしかったことは言うまでもないのだが。
しかし、まずは大学四年という立場で思い切り音楽やる前に、、
ギリギリ状態の卒業単位とともに、彼女との将来安定・安泰保障の切符を得ようと地方公務員試験に向けての勉強をしながら、コピーするとかの目的ではなく耳に入れる時間を設けた。
バンドから離れたのは高3以来、実に久しぶりだった。
洋楽はあまり聞かなかったが
L'Arc〜en〜Cielの新譜とか、Tommyとか俗物もレンタルしてMDに録った。
そういえば大学生の頃行ったライブは、洋楽が多かった。
ボン・ジョヴィ、KISS、ハノイロックス。もちろんジギー、吉川晃司さん。ヴェルヴェット・リヴォルヴァー。。
彼女がいながら、バンドもやりながら、よく金があった。
〜まぁやはりそんな浮ついたままじゃ、公務員試験に合格するわけはなかった。
これでも我がサークルから数人の先輩が合格していた。
いわゆる国家2種や国税専門家もいた。
我が校は正直Cランクにもいかない大学だったが、彼らは地方から出てきた勤勉で優秀な頭脳と、根気のある熱いハートを持った男たちだった。
試験と言うのはちょっとしたテクニックという賢さと、本当に追い込まれたりすることにより引き出される実力で決まるものだ。
私には後者が圧倒的に足りなかった。
これでも、いくつかのバンドでの人間関係で傷つき疲れて、ガソリンスタンドのアルバイトも追い出される形となり、恋人との将来の幸せを目指して臨み…一念発起したが失敗。。
結局いつまでも高校入試の栄光にすがり、舐めてかかってたし、根性も15の頃がピークだったのだ。。
当時の家族、つまり両親にもずいぶん悪態をついてしまっていた時期だ。
どんどん心が蝕まれていた。
ジェットコースターのような私の感情と並行する状況変化。
いつもこの繰り返し。。
もしくは「ドラゴンボール」の戦闘民族・サイヤ人のように、今より強くなるためには死を覚悟するくらいの痛みは必要で、それすら欲し、追い求めてしまう性分なのか。。
6月位に試験があった。
「地方二級」
県庁職員クラス。
トップは副知事。
数ヶ月の勉強でよく挑んだものだ。
流石に前夜、急に私は不安になった。
そこで私は家族でも彼女でもなく…
幼馴染みのYに電話した。
さすがに苦笑いされたが。まぁ、奴くらいがちょうど良かった。感謝している。。
帰りの電車から眺めたS市の夕暮れの風景は今でもはっきり覚えている。
「私は違った。やはりロックだと。
もうこれしかないんだ。
自分の学力など井の中の蛙。ひとりではあまりにも無力だ。
きっと音楽も…
何がソロだ!
私という男はダサいんだ」
自分に絶望感。社会にも不安。。
心の支えである彼女を家に招き、泊まらせようとすると、両親は「帰ってもらいなさい」と言い放った事があった。
これは世間的には普通なのかもしれないが、反論する私に温厚な父親が血相変えてまで怒鳴った。
単身赴任を終え、本社勤となって日が浅く、やっとホッと団欒したかった?
彼女はまるで余所者?歩み寄ろうとしない。。
そのエディプス・パワー・プレイいけるとでも思ってたのか。。
とにかく愛するものが全面否定された気がした。
ろくな挨拶もさせることもできず…
母までも敵に見えた。
私はガチ切れし
それから両親と半年は食卓を共にしたりしなかった。
納得がいかなかったのだ。
「え、何あの拒絶反応。いくらなんでも息子の彼女にそんな…
ラブホテル代だってバカにならないし。
えぇ〜。。」
もちろん試験の不合格。
待ち受ける社会の扉。
手本となるはずの両親への憎悪。
いろいろな感情が駆け巡った。。
最終的に自分の浅はかな考えによる負けを一旦認めて、残りの学生期間、彼らのスネを随までかじりつくすことにした。
新しいバンドやバイトもスタートさせた。
その切り替えは割と早かったな。。
それなりに凹んだけど、そんな繊細じゃなかったのだ。
まぁ社会に出る前にいろいろと現実を叩きつけられ、心を鍛えられて良かった部分もある。
少し濁ってしまったが、まだまだリカバリー効く汚れなきヒヨッコでもあった。
さて、2004年もそろそろクライマックス〜
また次回!