怖いもの知らずということがあるが、怖いものを知る前にやってしまえば良い。後悔は後になってするものである。 脱俗超凡の存在寒山拾得が、何で私の中に巣食っていたかは定かではないが、高校の時に読んだ森鴎外の『寒山拾得』の最後、唐突に笑いながらどこかへ行ってしまい二度と帰って来なかった。この結末が何かを植え付けたのは間違いない。昔千葉美術館で曽我蕭白を観た記憶もある。そして寒山拾得が臨済宗に残る説話だと思ったら、宗祖の表情が面白いというだけで臨済義玄を作ってしまった。これは中国のある僧が注文で描かせた物が日本に伝わり一休の弟子でもある曽我蛇足が写した物が大徳寺から流布したらしい。そして今、その大徳寺の開山を作っている。69を目前に、怖いものを知る前にやってしまえ、とまだいっているのもどうかと思うが、何をやろうと後悔することなく終わる可能性が高いということでもある。

臨済義玄