高校生の夏休み、鉄骨運びのアルバイトをした。年寄り(といっても3、40代だったろう)が軽々と運ぶのに驚いたが、ようやく要領を覚えた頃に夏休みは終わった。なんとなく人生もそんな風に終わるのではないか?今思うと一休和尚の“門松は冥土の旅の一里塚“の影響もあったろう。幼い頃からの流れを考えると、好奇心、集中力が失われるとは思えなかったから、ピークは最晩年に持っていけるだろう、と考えてはいた。 何かを得るためには何かを捨てなければならない。幸いなことに、この理屈は理解していた。しかし取捨選択するうち作品はイメージ通り完成していく一方、厳格な掟どおり自分自身は坂道を転げるようにポンコツになっていく。寺山修司は、私の墓は、私の言葉であれば、充分。といったが、それはおっしゃる通りである。