腰痛が痺れをともなった右脚の痛みとなり近所にも出かけられず。無理しても歩いた方が、と思いながら痛くて戻る。これは制作を続けろということだろう。 昨日は、架空のジャズマンの頭部をちょっとやってみた。粘土を袋から取り出し、おおよその頭の量の粘土を取り出すのだが、当時は、掴み出した粘土の様相が、後々までその人物のキャラクターに影響する場合があるので、ファーストコンタクトは案外大事で、適当に粘土を取る気にはなれなかった。懐かしい心持ちである。黒人特有の骨格にするため、粘土を盛って行く順番も決まっており、こういうことは忘れないものだな、と思った。こんな調子でやってきて、突然96年より日本人制作に転向したのだが、黒人のプロポーションに慣れていたので澁澤龍彦など、何度脚を切断しただろうか。 好みの顔など変わってはおらず、昔と同じような人達を作る事になるだろうが、多少の違いが出てもらわないと困る。また架空のミュージシャンといってるだけで、楽器は一切作らない。私が止めた理由の30パーセントはこれである。ただ実物の楽器に似せて作るなんて、苦痛以外のなにものでもない。子供の頃から写生など、観察しながら何かをするというのが嫌でたまらなかった。それが皮肉な事に96年のジャズシーリーズ最後の個展以後、作家シリーズでは写真を穴の開く程眺めながら制作することになった。しかし朧げな写真という間接的なイメージを、伝記その他を読みあさり、立体的に頭の中で作り上げるので続いたのであろう。そこが楽器などの小物を作るのとは違う。北斎立像仕上げに入る。

2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtubeより

『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載6回「夏目漱石の鼻」

HP