刺青を入れている最中の女性から、見学のお誘い。そんな申し出を断る根性は私にはない。筋彫りを済ませた部分がかゆいそうである。カメラを持ってお邪魔した。 かつて東京大学の標本室で、なめされ、額装されたり、立体的にトルソに縫い合わされた刺青を見た。観賞用にしかみえなかったが、生前から話をつけておいて葬儀中にペロッとやったものらしい。比べると昨今の刺青は浮世絵の勉強が足りないのであろう。特に顔が酷い。マンガみたいな弁天様など取り返しのつかない物を見かける。一方、今回お邪魔した女性の彫師『彫S』。若くして住み込みで修行したというだけあり、特に和風の古典的図柄が得意である。到着すると一仕事終わり休憩しているところであった。仕事場はマンションの一室で、フリーの歯科医とでもいった風情である。入れたばかりの箇所を見せてもらうと、太腿から腰にかけて鳳凰の図。  刺青には手彫りと機械彫りがあるが、今回は機械彫り。機械の構造としてはバイブレーターの原理であろうか。針が細かく振動する。線も突いて描く手彫りより、線描がスムースに引ける利点があるのが判る。彫S本人は手彫りが好きだそうで発色も良いという。欠点といえば時間がよりかかる。  三島由紀夫のオマージュ『男の死』は、画廊のスケジュールの三島の命日がキャンセルを知り、急遽半年前倒しにしてしまい、おかげで断念した作品に『唐獅子牡丹』がある。市ヶ谷に向かうコロナの車中、全員で陽気に唐獅子牡丹を合唱したそうだが、三島が喜びそうな死に方を。がテーマである。高倉健と池辺良の道行きよろしく、着流し姿の5人の討ち入りを考えた。背景に白のコロナも既に用意していたが、“背中で泣いてる唐獅子牡丹”を粘土製の背中に配することが、合成処理にしても現段階では無理と断念した。私はいずれ谷崎潤一郎を、誰が止めても手掛けるだろうが、(男の死は実際友情をもって止められた)『刺青』など格好の作品である。その時は『彫S』に女郎蜘蛛で協力願うことになるだろう。  鳳凰を入れた女性は痛みに強いらしく、頭の中で『ドラえもん』のテーマソングを唱えながら耐えていた。考えてみると、太腿あらわに痛みに耐えている女性を前に、というかなり非日常的光景であったが、好奇心が優先し、私は包丁研ぎやパンク修理を横で眺める子供の如しであった。彫Sは仕事ぶりを見ても好きでやっていることが伝わってきたが、はたしてどんな表情で彫っているのであろうか、目を爛々と輝かせているとしたら、その表情も撮ってみるべきであろう。 本日はなんといっても、墨をいれているそばから肌が腫れてレリーフ状に盛り上がっていくところが圧巻であった。

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