何度も書いたが、鏡花はモデルとなった神社をかなり正確に描写している。違うことといったら鳥居の数と位置である。 鳥居はなんと数えるのであろう。作中は二つだが、実際は三つあった。長い石段があり、石段を上がったところに鳥居があり、これが神社の顔のように見える。そこを右に曲がり、さらに左に曲がった所に三つ目の鳥居があり社殿がある。 問題は、もっとも画になる、長い石段の頂上にある鳥居が作中にはないことである。鳥居に刻まれた年月日は、鏡花が訪づれたと思われる時期以前であったと思うのだが。 私は当初からその鳥居を生かそうと考えていた。なにしろ画になる。鏡花は何処の何神社とはいっていないし、そもそも私の作品も創作なのだからかまわないではないか。私は薄目で見るようにしてやり過ごそうと思ったが、鳥居があるなら鏡花は書くはずで、鏡花が書かない物はないのである。『怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴(くちばし)ばかりを出して、麓を瞰下(みおろし)ながら、あけびを裂いたような口を開けて、またニタリと笑った。』。鏡花は何故鳥居を古杉に替えたのか。私はせっかくの鳥居を、泣く々いくつかのシーンから消したのであった。 一つ考えられるのは、石段の上に鳥居があれば社殿はその背後だと普通は思うだろう。そうではなく、そこを曲がってまださらに奥にあることを強調するためか。それとも鏡花は震災前に訪ずれていて、その当時は鳥居でなく杉の古木だったというのだろうか。 

去の雑記
HOME