笛吹きの女房の踊りの師匠役のK子さんは実にノリが良く、そのノリにひきづられるように主人役のMさんまで運動神経の良いところを見せてくれた。これは嬉しい誤算であり、今後の方針を変えようとさえ思っている。 師匠は丸髷姿、と鏡花は書いている。以前、鏡花の背後に日本髪の女性を配したことがある。『江戸東京たてもの園』の依頼で園内の建物を背景に撮影した時のカットである。背景は高橋是清が226の将校に惨殺された部屋で。当時はこの下が甘味処になっていて恩讐の彼方もいいところであった。この時は女性が透き通り気味でもあり、髪の毛は描いて誤魔化したが、今回は師匠の出番も多く、アップになってもらうこともあるだろうと日本髪の鬘を入手した。初めから直接装着せずに合成を考えていたため、サイズなど確かめもしないで入手した。しかしK子さんは被る気満々で、撮影時、私が持ってこなかったことにガッカリしていた。そんな乗り気に今回助けられているわけだが、実は私はその鬘を、取っ手付きの箱を開けてちょっと見ただけで、まだ出してさえいないのである。これは丸髷ではなく独身者用の島田で、いずれにせよ加工修正しなければならないので、よほどのことさえなければ良い、ということもあるが、まずその箱が届いた時に頭に浮かんだのが、討ち取った敵の首を、塩漬けにして殿様に届ける箱である。(どんな物かは知らないが)開けてみれば、人毛で結われた鬘。今回人形に使うために人毛を使い、何度か同じことを書いたが、髪は頭から生えていてこそである。切り離された時点で別な物に変じる。おまけになんともいえない鬢付け油の匂いである。いやこういう場合は臭いと書こう。 私は自分がそんな人間ではないと思っていたので、髪に対する存外なビビリ様に驚いている。