令和7年6月熊本訪問(益城町・熊本市東区)6月3日
◎益城町役場にて平成28年熊本地震以降のまちづくり(被災市街地復興推進地域など主にハード)について伺いました。開発し易い市街化区域と開発が困難な市街化調整区域の推移、平成28年熊本地震で沈下し大雨時に浸水し易い地域を地図で確認。町全体の7.6%である市街化区域に人口の73%が集中しています。
◎益城町復興まちづくりセンターにて平成28年熊本地震以降のまちづくり(防災組織など主にソフト)について伺いました。
●県道28号線の4車線化の進捗状況、熊本市東区(秋津町・健軍町・東町)を歩き現状を確認出来ました。
令和7年6月熊本訪問(大津町・菊陽町)6月2日
◎本日は大津町社協、大津町役場、菊陽町役場に伺い、平成28年熊本地震後の事、TSMC(JASM)などの進出による地域の状況の変化、市街地の開発について聴く事が出来ました。菊陽町と大津町の開発規制の違い、地価・賃金の上昇、交通渋滞など急激な変化を感じることが出来ました。
●東京エレクトロン、ソニー、JASM(TSMCが過半数を出資)などが工場をを持つ、菊陽町「セミコンテクノパーク」を見学しました。
◇大津町 人口36,545人(令和7年4月末現在)
◇菊陽町 人口43,840人(令和7年4月末現在)
おおた防災セミナー6月2日受付開始
●令和元年度から毎年続いてきた「マイ・タイムライン講習会」が「おおた防災セミナー」となり、今年は令和7年6月2日申し込み開始です。
◎6年前の令和元年6月25日開催の第1回目のマイ・タイムライン講習会は当時のNHK朝の天気担当のキャスター山神あかり氏が大田区に事前に入り多摩川周辺など歩き地形を把握したうえでマイ・タイムラインの重要性を話してくださいました。
●「風水害編」と「震災編」の2種類あります。
第22回 GIS コミュニティフォーラム参加(令和7年5月30日)
●会場 東京ミッドタウン ホール&カンファレンス(六本木)
●GIS による物流の最適化、災害時の対応などの事例、ArcGIS プラットフォームにおける AI を用いた最新技術などを知ることが出来ました。
まちカフェ夜学159・町田佳路さん(令和7年5月27日)
●会場
東京∞景(東京都大田区山王2-2-7八景坂ビル3階)
●テーマ
なぜ今「大森ファンクラブ」なのか?
2018年から、大森をテーマにしたクラフトビールを手がけてきた「大森山王ブルワリー」を、2025年3月に「大森ファンクラブ」としてリブランディング。来年2026年のJR大森駅開業150周年をいち早くアピールし、次々とSNSでの情報発信や地域イベント実施を続けている代表の町田佳路さんに、「大森ファンクラブ」構想へと至った経緯をうかがいながら、ビールを飲みつつ、今後の大森について語りあった。
◎コミュニティー(地域共同体)か、パブリック(公共や公衆)か
南馬込西一町会夜間巡回(令和7年5月26日・気温18℃)
◎20年目になる南馬込西一町会の夜間パトロール。家族や地域を守るため、「自分の地域は自分で守る」。
◆拍子木を鳴らして地域回る事は、犯罪機会を減らし、火災予防の注意喚起にもなります。◎放火犯などの犯罪者にとって、拍子木の音は不快に響きます。犯罪者の心理から防犯を考えることは重要で、犯罪者がいても、「犯罪をさせない」、「犯罪機会を与えない」地域づくり、まちづくりをします。
鳥取地震と鳥取大火の被災地巡検と城崎温泉(令和7年5月21日から23日)
◇1943年に発生した鳥取地震と1952年に発生した鳥取大火の被災地を歩き戦後の復興や市街地防火対策を考えた。
Ⅰ 5月21日午前
◇巡検前に鳥取県庁と鳥取市役所に伺い、地震・水害対策、災害ケースマネジメントなど、ハードとソフトの両面で話を聴くことが出来た。
Ⅱ 5月21日午後から5月22日まで室崎先生のもと7名にて鳥取地震と鳥取大火の被災地巡検
◇5月21日午後
➀鳥取県の公文書館を訪問、
池本美緒氏より公文書館に保存されている歴史資料の説明を受けた。
②鳥取市の歴史博物館(やまびこ館)を訪問
学芸員の横山展宏氏による常設展示の「災害と復興」コーナーの説明、地域の歴史の説明により、「鳥取ならではの減災文化」を知ることが出来た。
◇鳥取大災害史(水害・震災・大火からの復興)鳥取市歴史博物館(やまびこ館)より
水害(水との長いたたかい)
◇大正末期に国の直轄事業として千代川の河川改修・新袋川の開削などの治水工事が始まり昭和初期に完成。
◇地震(震災とその復興)
➀1943年9月10日の鳥取大地震 マグニチュード7.3・震度6(死者1,210名、負傷者3,860名、家屋の被害は全壊13,295戸、半壊14,110戸、全焼1,287戸、半焼10戸)
②2000年鳥取県西部地震 マグニチュード7.2
◇大火(火災とその復興)
1952年4月17日14時55分から12時間燃え続け罹災者24,000名、死者2名、焼失家屋5,000戸、罹災面積40万坪という戦後最大の火災となった。フェーン現象により瞬間最大風速15mの強風が吹いていた。鳥取市街地は、空襲を受けたかのような一面焼け野原と化した。
◇5月22日
●午前と午後、鳥取中心市街の鳥取地震・鳥取大火の被災地を歩き「防火建築大帯」の現状を確認。市街地において大火の拡大を抑える事を目的に鉄筋コンクリート造の耐火建築物を並べるなどの「耐火建築促進法」が1952年の5月に制定された。耐火建築促進法の適用第1号が鳥取駅から鳥取県庁までの若櫻街道の約2㎞、約100棟を防火建築帯として整備である。
●昼食後は、鳥取大学の地震学の香川敬生教授から、1943年鳥取地震、断層と地震動に見る鳥取地震、阪神大震災との相似性など、震災研究の大切さを教えて頂いた。
●震災と大火を生き抜いた建物の五臓圓ビルの屋上からの景色と旧富士銀行ビルの屋上から若櫻街道に建設された「防火建築大帯」の現状を確認。
●旧鳥取市役所跡地に建設中の防災公園にて2023年9月に建設された「鳥取大地震の碑」を見て、「鳥取地震を語り継ぐ会」の事務局長の渡辺耕氏から設立までの熱い思いを聴いた。
Ⅲ令和7年5月23日城崎温泉街
◇室崎先生から城崎温泉街を見て歩き、1925年北但大震災以降の城崎温泉街のまちづくり、震災・火災・水災対策を教わった。
➀住民主導でまちを再建した。
③外湯第一主義で、城崎温泉街全体で豊かになる。
◎城崎温泉で令和7年5月5日7棟が焼けた火災が発生、防火帯が延焼を止めた。
◇北但大震災復興100年 城崎温泉まちづくりシンポジウム参加































































































































































