「舞え舞え蝸牛」
「おちくぼ姫」
田辺聖子:著
文春文庫
十二単を纏い、牛車に乗った、平安時代のシンデレラ物語
★★★〈自分が読んだ動機〉★★★
雑誌に載っていた本の紹介を見て興味を持ちました。
★★★〈著者について〉★★★
著者の田辺聖子氏は多くの作品を発表されています。平安時代にも造詣が深く、源氏物語や枕草子・百人一首などの現代語訳を多く発表されています。
★★★〈こんな人におすすめ〉★★★
・シンデレラ物語が好きな人
・すっきりしたハッピーエンドが好きな人
・平安時代に興味がある人
・源氏物語など平安時代の物語が好きな人、読んだことは無いけど気になっている人
★★★〈「落窪物語」の現代語訳〉★★★
「舞え舞え蝸牛」は、古典「落窪物語」を現代語に訳した物語です。
「舞え舞え蝸牛」の内容をそのままに、文章をよりやさしく書き改めたものが「おちくぼ姫」です。
★★★〈あらすじ〉★★★
中納言の娘で、皇族の血を引く美しい姫君は、母親の死後継母に引き取られたことで、悲惨な生活を送っていた。
床の落ち窪んだ低い土間のような部屋をあてがわれて「落窪の君」と呼ばれ、着ている着物も生活用品も全てボロボロ。裁縫が得意であったことから縫物の仕事を押しつけられ、昼も夜も縫物の仕事に追い立てられ、何の希望も持てずただ悲しみに暮れる日々。
唯一信頼できるのは、姫君に古くから仕える阿漕という召使だった。
阿漕は、いつか姫君に素晴らしい婿を迎え、継母を見返してやりたいと常々思っていた。
そんな阿漕がきっかけとなり、姫君に転機が訪れる。
右近の少将という、身分も家柄も良く容貌も美しい青年貴族が、姫君に興味を抱いたのだ。
阿漕の夫は帯刀といい、帯刀の母は少将の乳母だった。阿漕は密かに、姫君にふさわしい婿は少将しかいないと考えており、帯刀を通してそれとなく姫君の存在を伝え、興味を抱くよう仕向けていた。
そんな阿漕と帯刀の働きにより、少将は中納言邸に忍び込み姫君と対面する。突然現れた少将に姫君は驚くが、逢瀬を重ねるうち互いに心惹かれ、夫婦となることを誓い合う。
しかし姫君を一生針子として飼殺すつもりの継母は、恋人の存在を知ると姫君を物置に閉じ込め、年老いた男と無理やり結婚させようとする。
それを知った少将は、阿漕と帯刀と協力して中納言邸に押し入り、姫君を救出し自分の屋敷へ迎え入れる。
姫君はそれまでの生活とは一転し、権門の妻として幸せな生活を手に入れる。
★★★〈登場人物〉★★★
姫君・・・中納言の娘。おっとりした優しい性格の美女。
阿漕・・・姫君に使える召使。勝ち気ではっきりとものを言う、聡明な美少女。
右近の少将・・・身分も家柄も良い、活発で豪胆な性格の美男子。
帯刀・・・阿漕の夫で、右近の少将の乳母の息子。勝ち気で勇ましい男性。
北の方・・・自分の娘だけを可愛がり、姫君を虐める継母。
★★★〈古典の堅苦しさは皆無。王道のシンデレラストーリー。〉★★★
薄幸の美しい姫君が貴公子に見染められ、不幸な境遇から救い出されて幸せを掴む、王道のシンデレラストーリーです。
「古典」と聞いて想像するような堅苦しさが全く無い、軽快で読みやすい文章で、純粋に恋愛小説として楽しめます。
★★★〈いきいきとした登場人物〉★★★
登場人物はみな、性格がはっきりと分かりやすく描かれています。実写化したら、漫画化したら、こんな風になるだろうな、と容易に想像できるはっきりしたキャラクターで、軽快な文章もあいまって、まるで現代を舞台にした小説の登場人物のように親近感がわきます。
かといって平安時代の雰囲気は全く損なわれていません。
いきいきとした魅力的な人物が活躍する。その時代独特の雰囲気を堪能できる。それらを両立させた時代小説を書く、とても稀有な作家さんだと思います。
★★★〈物語を動かす女性、阿漕〉★★★
魅力的な登場人物の中で、特に私が魅力的に思うのが、姫君に献身的に仕える阿漕です。
典型的な「おとぎ話に出てくる、美しく心優しいお姫様」のおっとりした姫君とは対照的に、阿漕はてきぱき働くキャリアウーマンタイプ。聡明で機転が利き、はっきりものを言う勝ち気な美少女で、仕事で高い評価を得ており、帯刀という頼もしい男と結婚しています。
運命的な出会いによって悲惨な境遇から抜け出せた姫君ですが、その運命は阿漕が引き寄せてくれたものです。
現実でシンデレラストーリーは滅多にないもの。自力で幸せを手繰り寄せ、姫君を幸せにすべく奔走する阿漕はとても頼もしく、本当に素敵な女性だと思います。
★★★〈スカッとした読後感〉★★★
少将や帯刀も、阿漕と似たタイプの負けん気の強い性格。中納言邸に監禁された姫君を救出した後は3人で結託し、姫君を虐待した中納言家へ様々な復讐をします(姫君の本意ではありません)。
原作では結構えげつない事をしていますが、そのあたりは現代人の感覚に合うようソフトに書き改められていて、陰湿さは微塵もなく、むしろ清々しくスカッと痛快です。
復讐が完了した後は一転して中納言家と和解し、ハッピーエンドを迎えます。後味の悪さが一切ないすっきりした読後感なので、晴れやかな気分になりたい時におすすめの本です。
★★★〈1000年前から変わらない女性の夢〉★★★
原作「落窪物語」は成立した年も作者も不明ですが、10世紀末の成立だとすると、1000年近くも忘れ去られることなく読まれ続けていることになります。
1000年も前に、これほど面白い物語が生まれていたことに驚きました。
作者の田辺聖子氏はあとがきで、これほどこの物語が人を惹きつけるのは、少将の一途さによるものだと考察されています。
平安時代は一夫多妻制で、男は多くの妻を持つのが当たり前。結婚相手には権力・財力のある家の娘が好まれていたそうです。
しかし少将は他の有力者の娘との縁談も断り、実家の庇護も財産もない姫君を生涯ただ一人の妻として愛し続けます。
一人の人と生涯添い遂げるというのは、恋愛において理想的な幸せの形だと思います。
(「理想」と言ってしまう時点で、難しいことであると言えます・・・)
美しい貴公子、ただ一人を愛し続ける一途さ、経済的な豊かさ。
どれも女性が憧れる理想の結婚条件でしょう。それら全てを兼ね備えた少将と出会って幸せな結婚をした姫君は、いつの時代も女性が夢見る理想の姿。だからこそ、この物語は長い歴史の中で風化することなく生き続けているのだと思います。
★★★〈平安時代の生活についての解説も充実〉★★★
この物語は平安時代の貴族社会の生活についての描写が多く、ところどころで当時の風習や衣装、生活用品などについて解説が入ります。
恋の手紙や和歌に季節の花や木の枝を添えて贈る。男女とも色とりどりの衣を重ねて着る。初夜の朝にはお互いの衣を交換する。といった雅やかな平安朝の貴族の暮らしが存分に描かれています。
武士が中心の時代とはまた違う、優美・情緒を重視した貴族の生活が魅力的で、私はこの本を読んで平安時代に興味を持つようになりました。
生活についての解説が充実しているのは、平安時代に造詣が深い田辺聖子氏ならではだと思います。
なので平安時代を舞台にした物語を読みたい時は、田辺聖子氏の現代語訳がないかをまず探すようにしています。
★★★〈書かれているのは原典の前半のみ〉★★★
「舞え舞え蝸牛」で書かれているのは、原作「落窪物語」の前半くらいまでです。あとがきによると、楽しい読み物にするため一番盛り上がる場所のみを書いたそうです。
原作では、その後の少将と姫君が栄華を極め、阿漕や帯刀も出世し、中納言一家も少将の庇護を受けてハッピーエンドとなっています。
やはり一番盛り上がるのは「舞え舞え蝸牛」で書かれている前半でしょうが、後半も十分に面白いです。
「舞え舞え蝸牛」と「おちくぼ姫」は、内容は全く同じですが、私は描写が細かく深みのある「舞え舞え蝸牛」がおすすめです。
★★★〈終わりに〉★★★
すっきりした読後感の、王道シンデレラストーリーです。
恋愛小説が好きな人、平安時代に興味のある人におすすめの物語です。
源氏物語や枕草子はハードル高い・・・と思う人にもおすすめしたい、とても面白く読みやすい物語です。本作を読むと、源氏物語など平安時代の物語を読みたくなると思います。