「犬になった王子 チベットの民話」

君島久子:文

後藤仁:絵

岩波書店

 

 

世界で唯一大麦を主食とする国チベット。

チベットにどのようにして大麦がもたらされたのか。

チベット文学史の中で、天地創造に次ぐ重要な神話として位置づけられた物語。

 

 

 

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★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

スタジオジブリの宮崎駿監督の絵物語「シュナの旅」を読み、あとがきで「犬になった王子」が元となっていること知り、原話を読みたいと思って手に取りました。

 

 

★★★〈こんな人におすすめ〉★★★

・チベットに興味がある人。

・日本・西洋圏以外の物語を読みたい人。

・宮崎駿監督の「シュナの物語」を読んだ人。

 

 

★★★〈あらすじ〉★★★

昔、チベットのプラ国に、アチョという勇敢で心優しい王子がいました。

その頃のプラ国の食べ物は、ヤク(高地に住む毛の長い牛)や羊の乳と肉しかありませんでした。しかし山の神リウダ様の所には、おいしい食べ物のできる穀物の種がある、と言い伝えがありました。

アチョは、国中の人々に美味しい食べ物を食べさせたいと、山の神の所へ向かう決心をしました。

 

厳しい道のりを超えて山の神のもとへ辿り着きましたが、山の神は「穀物の種は蛇王が持っている。蛇王の元へ出向いたものは皆犬にされて食われてしまった。」と告げます。

 

蛇王から穀物の種を盗み出す決心をしたアチョに、山の神は「風の玉」をくれました。そして何があっても気を落とさずに、東へ進み、心から愛してくれる娘に出会った時にお前は救われる、と言いました。

 

アチョは蛇王の住処へ向かい、蛇王が出かけた隙に一握りの大麦の種を盗み出すことに成功しますが、帰ってきた蛇王に犬にされてしまいます。しかし山の神にもらった「風の玉」のおかげで蛇王から逃げることが出来ました。

 

東へ進んだアチョは、ロウル地方にやってきました。

そこで、ロウル地方の村長に三人の娘がいること、末娘のゴマンは生き物をいつも可愛がっている、美しく思いやりのある娘だという噂を聞きます

自分を心から愛してくれる娘はゴマンかもしれないと思ったアチョは、ゴマンの元へ向かいます。

 

ある日、ゴマンは庭に突然現れた金色の犬を見つけます。

犬は金色の種の入った袋を首にかけており、それを土に埋めるよう身振りでゴマンに伝えたので、ゴマンは種を蒔きました。ゴマンは犬と一緒に過ごすようになり、犬と一緒に麦を育てました。

 

秋になり、村長の三人の娘たちがお嫁に行くことになりました。踊りの会で、娘たちが輪になって踊りながら意中の男性に果物を投げて夫を選ぶのが、この地方の習わしです。

 

ゴマンは踊りながら、犬が涙を浮かべながら自分を見ていることに気付き、うっかり犬の所に果物を落としてしまいます。犬を夫に選んだと村長は怒り、ゴマンを追い出してしまいました。

 

麦畑の中で泣くゴマンに、犬は自分の身の上を語りました。

そして「二人で育てた麦を蒔きながらプラ国へ帰るので、自分の後をついてきてください。蒔いた麦が見えなくなった時、私は人間に戻れるでしょう。」と言いました。

 

犬はプラ国へ向けて駆け出していきました。ゴマンは犬が突然話したことに驚きましたが、彼が人間の姿に戻れるよう、犬のずっと後をついて歩いていきました。

 

初めは種を埋めた後が見え、それが芽を出し、穂をつけ、やがて金色の実を実らせるようになる頃、ゴマンはようやくプラ国の都に辿り着きました。

 

 

★★★〈珍しいチベット文学〉★★★

「犬になった王子」はチベットが舞台で、登場する人名はアチョ・ゴマン・リウダ・ゾタン・ハムツオ、地名はプラ国・ロウル地方。人名も地名も、日本・西洋とは違う響きです。

民族衣装も日本の着物と似ている部分もありますが、形や色柄は全く違います。

 

馴染みのない言葉の響きや衣装がとても新鮮でした。同時に、自分が今まで読んだ絵本は、ほとんどが日本と西洋圏の物語であることに気付きました。(日本むかし話各種、グリム童話、イソップ物語、アンデルセン童話など)。

 

アジアの物語で読んだことがあるのは「西遊記」と「スーホの白い馬」くらい。

日本に入ってくる外国の物語は、西洋圏のものが圧倒的に多い、と気付かされました。

 

 

★★★〈エキゾチックな美しい挿絵〉★★★

絵を担当した後藤仁氏は「アジアの美人画」を中心に、人物画、風景画、花鳥画などを日本画で描く画家です。

やわらかで落ち着いた色合いの、風になびく髪の毛一本一本まで描かれた端正な絵は、神話にぴったりです。

アチョは凛々しい美男子、ゴマンは優しげな美女。2人ともエキゾチックな顔立ちで、おとぎ話の主人公にふさわしい美男美女カップルです。

色鮮やかで独特なデザインのチベットの民族衣装も興味深いです。

 

 

★★★〈内容の濃い物語〉★★★

物語の前半は、アチョ王子が穀物の種を手に入れる冒険物語で、アチョ王子の勇敢さが描かれています。後半はアチョ王子とゴマンの恋物語で、2人の愛、特にゴマンのアチョに対する愛情の深さが描かれています。

結構長い物語ですが、展開が早いうえに、神様の存在・苦難の旅・小麦を盗む冒険・恋愛・チベットの婿選びの風習など様々な要素が詰め込まれていて、まったく長いとは感じさせません。

 

 

★★★〈犬がとにかく可愛い〉★★★

蛇王に犬にされたアチョの姿は、たれ耳の中型犬。ふわふわの金色の毛並みにつぶらな瞳で、犬好きにはたまらない可愛さです。

突然喋って自分の身の上を話した犬に、ゴマンは「こころから、愛しています。あなたが人間にもどるためなら、なんでもします。」と言います。

 

ずっと一緒に暮らしていた犬がいきなり喋ったら、実は人間の青年だったと分かったら、かなり驚くし気まずくなるのでは・・・ゴマンは受け入れが早いな~と思いましたが、犬が本当に可愛いので、生き物好きなゴマンが大好きになるのも納得です。

 

犬の姿のままプラ国へ先に駆け出したアチョ王子を信じて、ずっと後からついていくゴマンに、彼への愛情と強さを感じました。

 

勇敢なアチョと、愛情深く芯の強いゴマン。2人ともとても魅力的なヒーロー・ヒロインです。

 

アチョの犬種を調べてみたら、チベタン・スパニエルではないかと思います。

 

 

★★★〈物語の存在が語る、穀物の大切さ〉★★★

チベットの主食は、青稞(大麦の一種、裸麦)を炒って粉末にしたものに、バター茶を加えて団子状にしたツァンパという食べ物です。(ネットで調べたら、きなこ餅に似た味らしい)

「犬になった王子」は、チベットに大麦がもたらされた経緯を語る物語です。

 

勇敢な王子と美女が苦難を乗り越えて結ばれる、という割と王道なストーリーですが、祖国に穀物を持ち帰るという使命が物語の軸。

チベット文学史の中で天地創造に次ぐ重要な神話に位置づけられていることから、チベットにとって大麦がとても大切なものであると分かります。

 

長年にわたって食べられてきたものは、命を繋いできた「必需品」で、「文化」の一つであり、「アイデンティティ」である、と物語から感じました。

 

チベットにとっての大麦は、日本人のとっての米に相当するでしょう。歴史があり今も生活に根付く味噌や醤油も、それに近い存在かもしれません。

それらがもし消えてしまったら、日本らしい食生活が失われ、大きな喪失感を味わうことになるでしょう。

 

「食」とはその国に欠かせない、生活の根幹を為す大切な文化であると認識させられました。

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

この物語でチベット文化の一端を知り、チベットの民話や文化についてもっと知りたいと思うようになりました。

中国による民族迫害という悲惨なイメージが強いチベットですが、こんなに面白い物語のある、素晴らしい文化が廃れることなく続いていってほしいと思います。

この物語はチベットに興味を持つきっかけになると思います。