「ガラスの動物園」
テネシー・ウィリアムズ:著
新潮文庫
自分の世界に閉じこもる内気なローラ、昔の夢を忘れられないアマンダ、まだ見ぬ世界を夢見るトム、3人の家に招かれたジム。
それぞれの願いが交差し、すれ違う家族の物語。
★★★〈自分が読んだ動機〉★★★
手塚治虫の漫画「七色いんこ」に出てきたことで興味を持ちました。
過保護に育てられ母親がいないと何もできない少年に、主人公の役者七色いんこは「お前を見ているとガラスの動物園を思い出す」と言います。そして「ローラにならず、自分の意志を持って強くなれ」と。
ローラの性格が自分と似ていたので親近感を覚え、ローラがどうなったのか、物語の結末を知りたいと思って手に取りました。
★★★〈著者について〉★★★
テネシー・ウィリアムズは、ピュリッツァー賞を2度受賞している劇作家です。
「ガラスの動物園」はブロードウェイで大成功した演劇作品で、本書は小説ではなく劇の台本の形式で書かれています。
★★★〈こんな人におすすめ〉★★★
・引きこもり女性が主人公の物語を読みたい人。
・意見の違いから諍いを起こす家族の物語を読みたい人。
・テネシー・ウィリアムズの演劇作品を本で読みたい人。
・演劇に興味がある人
★★★〈登場人物〉★★★
ローラ・ウィングフィールド・・・病気の後遺症で片足が悪い、極度に内気な女性。
トム・ウィングフィールド・・・ローラの弟。倉庫で働いているが、詩人を志し広い世界で冒険することを夢見ている。
アマンダ・ウィングフィールド・・・ローラとトムの母親。快活で口達者な女性。
ジム・オコナー・・・トムと同じ倉庫で働く好青年。
★★★〈あらすじ〉★★★
1930年代のアメリカ、セントルイス。裏通りのアパートで母アマンダ、弟トムと一緒に暮らすローラは、友達も恋人もおらず、ハイスクール中退後ずっとアパートに閉じこもっている極度に内気な女性だ。
彼女の唯一の楽しみは、小さなガラス製の動物達のコレクションだった。
家に閉じこもり、古いレコードをかけてガラスの動物を並べるだけの生活の中で、ローラ自身もガラス細工のようにもろい人間となっていた。
母アマンダは社交的な性格で、若い頃はダンスパーティー等の社交場で、大農園主の息子達や後に出世した男性たちから非常にもてていた女性だ。しかし結婚相手に選んだ男が自分と子供達を捨てて音信不通となってしまったことから、ローラとトムは失敗せず幸せになってほしいと思うあまり、2人の行動にあれこれと細かく口を出し、口うるさく躾るようになっていた。
トムもまたローラとは対照的で、若者らしく広い世界に出て冒険することを夢見ていた。家族を養うために倉庫で働いているものの、倉庫の仕事をみじめに感じており、口うるさい母親に反発して言い争うこともしばしばだった。
将来のことを考えアマンダは、ローラが職に就けるようビジネススクールに入学させるが、ローラは緊張のせいでタイプライターを打つこともできずに吐いてしまい、退学してしまう。
結婚せず仕事に就くこともできない女性の行く末を知っているアマンダは、ローラは仕事に就くことが出来ないと悟ると、ローラを何としてでも結婚させたいと思い、トムにローラの結婚相手にふさわしい青年紳士を家に連れてくるように頼む。
トムは同じ倉庫で働く青年・ジムを夕食に誘う。実はジムは、ハイスクール時代にローラが恋心を抱いていた青年だった。ローラは、ジムが家に来ることを知ると青ざめてしまう。
★★★〈引きこもりニートの主人公〉★★★
ローラは仕事に就くことも遊びに行くこともなく家に閉じこもっている、今でいう引きこもりニートの女性です。
人と接するのが苦手で、ジムを迎えた時には言葉が声にならないほど緊張してしまいます。しかし優しく話し上手なジムに、ローラは段々と打ち解けてきます。
それまで口数の少なかったローラが段々と心を開いていく場面はドラマチックで、この作品の一番の山場だと思います。
★★★〈すれ違う家族〉★★★
母アマンダはとにかく快活で口達者で、男性の扱いをよく心得ており、青年を招くことやデートすることにも手慣れた女性です。人と接することが苦手なローラの気持ちを理解しておらず、「ローラのような良い娘ならすぐに結婚相手を見つけられる」と思っている。というより「そうあってほしい」という願望から、現実を見ずに夢を見ています。
トムに対しても同様で、自分の理想像を押し付けて、気に入らないことは否定する、かなり自分勝手な母親です。
一方トムは、アマンダよりもローラを客観的に見ており、アマンダに「ローラにあんまり期待をかけすぎちゃあいけないと思うよ。」と諭します。
トム ローラはね、他の娘たちとはだいぶ違ってるんだよ。
アマンダ その違っているところがあの子の美点だろう。
トム そう見えるとは限らないよー他人の目には―はじめて会う人には―姉さんはひどいはにかみ屋で自分だけの世界に閉じこもっているだろう、だから他人にはふつうじゃないって見えるんだよ。」
(83ページ)
トムもローラの未来を心配していますが、若者らしく広い世界で冒険することを夢見ています。
しかしアマンダは、広い世界を夢見て家を出て行ってしまった夫と似たトムに、家を出て行ってほしくないと思っています。
3人の望みは皆違う方向を向いています。お互いにそれを認めず歩み寄ろうとしない家族の心は衝突しすれ違い、交わろうとしません。家族を結び付けている絆もまたガラスのように脆いものだと突き付けられている気がしました。
★★★〈ローラに欠けているもの〉★★★
「ガラスの動物園」を読んで、人は一人でも生きていけるだけの力を身につけなければ、自分だけではなく周りの人も不幸にしてしまうものなんだ、と思いました。
もしローラが就職か結婚をして生活の基盤を整えることが出来ていれば、アマンダやトムに負担をかけることはなく、トムは遠慮なく家を出て自分の夢を追うことが出来たでしょうし、アマンダもローラの将来を案じてあれこれお金と労力をつぎ込む必要もなかったでしょう。
ローラに生活していく力がなかったこと。それがアマンダとトムの悩みの種であり、未来への不安でもありました。
★★★〈ローラの生き方。引きこもりニートの未来とは。〉★★★
ローラは、その性格から仕事に就くことが難しい女性です。
アマンダは若い頃、結婚せず就職することもできず親類縁者の家で厄介になって生きているオールドミス達を大勢見てきた、と言います。アマンダは富裕層の出身なので、彼女が見たオールドミス達が居候していたのも富裕層の家庭かもしれません。
8050問題が近年取り沙汰されているように、大人の引きこもり問題を抱えている家庭は多いようです。しかし今の日本で、ニートを養えるだけの家はどれほどあるでしょうか。
自分の家族ならまだしも親類縁者を受け入れて生活の面倒を見ることは、よほど裕福な家でない限り難しいでしょう。そして庇護者が先に死ぬ可能性もあります。
働かなくても死ぬまで面倒を見てくれる人や十分な資産があるような恵まれた環境は、それほど多いとは思えません。
ローラが自分の将来をどう考えていたのかは分かりませんが、おそらく、人生の先のことを考える気力がなかったのではないか、動く気力も考える気力もなく、思考停止に陥っていたのではないか、と思います。
「ガラスの動物園」は引きこもりニートから抜け出すことの難しさ、そのような家族を抱える人の未来への不安を描いています。
★★★〈終わりに〉★★★
1930年代のアメリカが舞台の物語ですが、引きこもりのニートの心情や人生の行く末は、現代でもそれほど変わらないと思います。「ガラスの動物園」は決して昔話ではなく、現代にも通じる物語です。
★★★〈漫画「七色いんこ」もおすすめです〉★★★
私が「ガラスの動物園」を知った、手塚治虫の「七色いんこ」についても紹介します。
主人公の七色いんこは、代役専門の天才的な舞台役者。実在する演劇をモチーフにしたストーリーの1話完結の漫画です。
「七色いんこ」を読んで、演劇にも面白い物語がたくさんあることを知りました。
演劇が好きな人、詳しく知らないけど興味のある方は「七色いんこ」もおすすめです。
ガラスの動物園は秋田文庫の「七色いんこ①」に収録されています。