「くまとやまねこ」
湯本香樹実:文
酒井駒子:絵
河出書房新社
大切な存在を亡くしたくまが、悲しみの底から立ち上がり、新しい世界へ歩き出す物語。
★★★〈あらすじ〉★★★
ある朝、くまと仲良しの小鳥が死んでしまいました。
ずっと一緒にいたいと思っていた小鳥の死に、くまは大粒の涙を流しました。
くまは花を敷き詰めたきれいな箱の中に小鳥を入れ、どこへ行くにも箱を持って歩くようになりました。
そんなくまの様子を見た森の動物たちは、皆こう言いました
「くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ」
くまは家のドアに鍵をかけ、長い間、暗い部屋に閉じこもりました。
ある日、とても天気が良いことに気づいたくまは、小鳥を入れた箱を持って家の外に出ました。
森の中を歩いていくと、見慣れないヤマネコが土手で昼寝しているのを見つけました。
きれいな箱の中で、花に囲まれて眠っているような小鳥を見てヤマネコは言いました。
「きみは このことりと、ほんとうになかがよかったんだね。ことりがしんで、
ずいぶんさびしい思いをしてるんだろうね」
こんなことを言われたのは初めてだったので、くまは驚きました。
ヤマネコはくまと小鳥のために演奏させてほしいと、バイオリンを手に取りました。
★★★〈自分が読んだ動機〉★★★
酒井駒子さんの絵が好きで、酒井さんが絵を担当した絵本を探していて出会った本です。
★★★〈こんな人におすすめ〉★★★
・死別の悲しみを描いた物語を読みたい人
・死別の悲しみから立ち直る物語を読みたい人。
・絵が美しい絵本が好きな人。
★★★〈幻想的な美しいモノクロの絵〉★★★
全編が黒を背景とした美しいモノクロの絵ですが、リボンや花などほんの一部だけ赤い色が使われていて、そこに光が当たっているような、温かな雰囲気を醸し出しています。
カラーの絵本も多い酒井駒子さんですが、モノクロの絵はカラーとはまた違う、幻想的な美しさです。
★★★〈死別の悲しみに暮れる人に言葉をかける難しさ〉★★★
悲しみに暮れて小鳥の亡骸を抱き続けるくまは、小鳥のことを忘れるよう言った森の動物たちを拒絶し、暗い部屋に閉じこもってしまいます。
もしも自分が、死別した大切な人のことを忘れるよう言われたら、怒りを覚えるかもしれません。それは大切な思い出を捨てろ、と言われるのと同じ。自分にとって大切なものを、他人から不用品のように扱われたと感じると思います。森の動物たちがよかれと思ってかけた言葉も、くまにとっては気分が悪くなるものだったのでしょう。
決して人に言ってはならない言葉がある、と思い知らされました。
★★★〈くまが悲しみの底から立ち上がるきっかけ〉★★★
悲しみ以外の感情を忘れてしまったくまの心が動くきっかけとなったのは、ヤマネコの言葉とバイオリンの音楽でした。
ヤマネコはくまに対し否定も助言も励ましもせず、ただ寂しいんだねえと言い、バイオリンを奏でます。
小鳥がくまにとって大切な存在であること、小鳥を失って悲しい、つらい気持ちでいること。自分の気持ちを理解してくれたことが、くまにとって救いとなったのだと思います。
また音楽があったことも大きいのではないかと思います。
私個人のことになりますが、精神状態がボロボロの時、人の言葉は耳に入ってきても心に響かないのに、音楽はすっとしみ込んで響くことがあります。
音楽は言葉で表すことができないものを形にすることができる、音楽しか持ち得ない不思議な力がある、と私は思います。
★★★〈悲しむ人にどのように接すれば良いのか〉★★★
沈み切った精神状態から抜け出すには、死んだものと二度と会うことのできない現実を受け止め、それまでの時間を大切にしよう、と自分の気持ちに折り合いをつけることが必要だと思います。ただ気持ちや感情はその人だけのもの、他人が動かすことはできません。
他者ができることは何だろうと考えた時、その人がどれだけつらい思いをしているのかを理解した上で、自分の意志で動き出そうとするまでただ寄り添うこと、見守ることが必要ではないかとヤマネコを見て思いました。
気持ちを理解し、余計なおせっかいをしない。その上で他人が立ち上がるきっかけになる行動をとれる。ほどよい距離を取って心遣いのできる、ヤマネコのような行動をとれる人間になりたいと思いました。
★★★〈終わりに〉★★★
生きている以上、必ず死と向き合う時が来ます。
悲しみは抱えたまま、それでも希望をもって歩き出したくま。小鳥はいなくなってしまっても、新しい幸せを見つけてほしい、と思いました。
ひらがなが多く字数も少ない絵本ですが、死との向き合い方について、深く考えされられる絵本です。